その世界は、平行世界という形を成し、相反する両極神の対立を避けていた。いや、両極神は、そうすることによってお互いの争いを避けていたとも言えよう。
鏡面世界、すぐ横にあって、ないもの。同じ位置に存在していて見えぬもの。
本来同じ世界に混在しているはずのものである光と闇。その為か、それは、ほんの少し世界軸をずらしただけの平行世界となって存在していた。
だが、ともかく、2つの世界は異なった世界軸の上に形成されていた。故に、光の世界と闇の世界は常に相手の世界は目には見えず、手では触れることはできずとも、すぐ横に、すぐ傍に、いや、ほぼ同じ所に存在していたのである。そうすることによって1つの世界と成していた。ほんのわずかなずれが、2つを隔てている壁だったのである。
が、ある時、デオンリードという名の魔導師が、太古の時代、光神と闇神が相まみえることのないようにと、それぞれの世界を割ったとされる、金と銀の車輪に関する文献を、遺跡で見つけたことから、事は起こった。
世を恨み、人を恨んでいた彼は、割られた2つの世界の象徴である金と銀の車輪のを見つけ、2つの世界を結ぶ道を創り上げてこの地に闇を呼び寄せることを決心した。
2つの車輪が同じ車軸で繋がるとき、その時こそ、闇世界への道が開く時。そして、一方的に闇を呼び寄せれば、この世界を闇で覆い破滅の道へ落とすことができるのである。
世界中の遺跡、迷宮の類を探索し、ようやくそれを発見した彼は、次に車輪と車輪を繋ぐ軸を形成する為の糧を得るため、そこに広大な地下迷宮を作り上げあちこちに宝物をちりばめた。
その糧とは、光の世界の住人である人間の魂と、闇の世界の住人である魔族、魔物の魂。それらを念じ合わせたものが2つの車輪(世界)を結ぶ軸(道)となる。
彼の計画は順調に進んでいた。
彼の作った宝物がちりばめられた迷宮は、冒険家たちのもってこいの探索場所となった。
そして、初めにできた小さな道から彼は魔族を呼び寄せ、迷宮へ配置した。後は、両者の戦闘で軸は確実に太く大きく育っていく。
そして、もちろん、その彼の計画を阻止しようとするものも存在していた。
皮肉にもそれは、彼が魔に走る前の恋人だった。
いつしか迷宮で、魔女と呼ばれるようになったその恋人の名はリュフォンヌ。いや、まだ恋人とまではいってない淡い思いのうちに、2人の別れはあった。
デオンリードの計画を阻止しようと、その魔力に対抗できる力を得る為、彼女は必死になっ魔術を学び、まるで何かに取り憑かれたように恐ろしいほどの勢いで魔力を吸収していく彼女は、傍目にはそうとしか写らないのだろう。
ただ、好きだったデオンリードにその計画を思いとどまって欲しい、闇に飲まれ、盲目になってしまったその目を醒まさせたい。彼女は必死で力をつけ、術を磨いた。
迷宮地下深くにいるデオンリード。その彼に会い、バカなことはやめろと説得する為には、そこまでにはびこっている強力な魔物を倒して進められる力が必要だったからだった。
そして、その時は来た。
迷宮を探索する過程で知り合った戦士カルロスと共に彼女はデオンリードの前に立つ。
「ディー!!!」
愛称で彼を呼ぶリュフォンヌの声が迷宮最深部の洞窟に響き渡る。
だが、そこにいたのは、彼女が知っているデオンリードではなかった。その形相もすっかり悪鬼のように変わりはててしまい、彼女が知っているやさしさはどこにもない。
もちろん、どんなにリュフォンヌが必死になって名を呼ぼうが、何を話そうが、耳は貸してくれそうもない。
2人の姿を見つけた時、彼は、にやっと嬉しそうに微笑んだ。ただし、獲物を見つけたときのそれだったように見えるが。
「よくぞここまで下りてこられたものだな。誉めてつかわそう。このわし、魔の大魔導師、直々にな。」
「ディー、分からないの?私よ?!リュフォンヌよ?!」
「ダメだ、奴はすでに人間じゃないっ!」
悲痛な表情で叫んで駆け寄ろうとするリュフォンヌを、カルロスは止める。
その瞳は、諦めろ、と語っていた。
でも・・と反論しようとしたところに、デオンリードが放った爆風が襲いかかり、カルロスは咄嗟にリュフォンヌを抱きかかえて地を転がってなんとかその直撃を避けた。
「大丈夫か?」
「え、ええ、私は・・大丈夫・・・」
(でも・・・やるしかない・・・のよね?)
(ああ。)
2人は目で語る。
どう見てもそこにデオンリードの面影もなく、そして、心もなかった。元には戻りそうもない。
唇をかみしめ、悲しい決意をしたリュフォンヌは、すっと立ち上がると、杖を構え、攻撃呪文を唱えはじめ、カルロスは精神を集中している彼女を守るように、剣を構え、デオンリードを睨んで彼女の前に立つ。
そのデオンリードもまた巨大にふくれあがりつつある瘴気の光球を形成しつつあった。
そして、2つの魔光球がそこでぶつかりあった。
激しい衝撃と閃光が、地下迷宮を最深部から飲み込み、それは、徐々に広がっていく。その広がっていく閃光の中、リュフォンヌとカルロスは、ぞっとする言葉を耳にした。
「ふふふ・・・・あはははは・・・・これでいい・・・これで鏡面世界との道が繋がる。空間の歪みが、世界のあちこちにできあがる。その亀裂から闇世界の者たちがやってくる。・・・・これで愚かな人類も息絶える。・・・・あはははは・・・最後の最後、どうしても達し得なかったエネルギーに、こうして達することができて嬉しいぞ。」
「な、なんですって?」
「協力感謝するぞ、そこな魔女。これで思い残すことはない。世界の滅亡と共にわしも消える。いや、わしは闇と一体となる。」
「な・・・?」
「広がれ、広がれ・・・思う存分広がるがいい。瘴気の刃よ。空間を斬裂き、呼び寄せるがいい。お主らの主人を。魔族たちをこの世界へ。」
「ディー?!」
リュフォンヌの悲鳴が聞こえる中、閃光の中のデオンリードの姿は消滅していった。
同じその閃光の中。結界の中でデオンリードが消えていく様子を見、そして、その思わず戦慄が走ったその言葉を聞き、リュフォンヌもカルロスも愕然とする。
最後のボタンを自分たちが押してしまった。平行世界である闇世界を、自分たちが引き寄せてしまった。
そのことに愕然とする。が、その間も、瘴気を孕んだその閃光はものすごい勢いで、まるで世界を飲みつくさんと言わんばかりの勢いで広がっていく。
おそらく地上へ出るのもあと数秒・・そして、地上へ出れば、遮るものは何もない。世界はまたたくまに瘴気に覆われてしまう。
「カルロス、後はお願い!」
「は?」
何をする気だ?と聞く間もなく、リュフォンヌは呪文の詠唱という段階を飛ばし、彼女の全能力を解き放った。
閃光の中にもう一つあらたな閃光が形成され、それは大きくふくらんでいった。