2006年04月07日

黄金郷アドベンチャー・序章3/その1・翠玉の巫女

 森深き山々に囲まれた盆地に小さな村があった。
そこは自然と通じ、神秘な神通力を持つ巫女の村として、世に知る人は知る場所であり、一族だった。
ただ、その力故、閉鎖的でもあった一族は、その神通力を頼って訪れる者の出入り以外、滅多なことでその村から出ることはなかった。
しかし、世の流れ、交通の発達により、困難だったその村への到達が容易にできるようになり始めると同時に、村も、そして、一族も変わりつつあった。

が、代々村長(むらおさ)でもある族長直系の巫女長(みこおさ)に対する尊敬と畏怖の念は変わらず人々に継承されていた。その巫力は、一族の中でも群を抜いて秀でたものであった。


緑柱石・・翠玉、あるいはエメラルドとも呼ばれる宝玉の鉱床があるその地方。村人である坑夫が新たな鉱床を発見したその日は、奇しくも20年来子宝に恵まれなかった巫女長の出産の日と重なり、村人はようやく得た後継者誕生を祝って、掘り出した翠玉のなかからもっとも純度が高いものを選んで、大きな原石のまま、その祝いに献上した。

陽の反射により少し青みがかかった緑色を放つ特大の緑柱石。
巫女長が、生まれたばかりの幼子にそれを見せると、それまで火がついたように泣き続けていたその子が、不思議なことにすっと泣きやんで手を差し伸べたことから、その子供はいつしか翠玉の巫女と呼ばれるようになった。
翠玉の巫女。それは、ただ単にその事だけではなく、成長した彼女が、その時村人から献上された緑柱石の中に、様々な物を見るようになったからである。それは予知であったり、過去であったり、つまり、彼女にとってそれは、占術師が使う魔法の水晶の役目を担っていた。

麻依と名付けられたその少女は、巫女長をはじめ、村人たちの慈愛と、豊かな自然の中ですくすくと育っていった。




 その日は、麻依の15歳の誕生日。巫女長である母に呼ばれ、麻依は神降りの滝の社へ足を運んだ。
「母巫女様、何か?」
「麻依、こちらへお座りなさい。」
「はい。」

しばらく2人は向かい合って見つめ合っていた。
静寂さの中に滝の音だけが周囲に響き渡る。

「今日でそなたも15歳。」
「はい。」
麻依を見つめていた真剣な表情を崩し、巫女長は笑顔を向ける。
「そなたにはいつも感心しております。巫女長である私の娘とはいえ、少しは自由な時間を欲するのが人の常ですのに、幼い頃より、周りが感心するほど熱心に巫女修業をし、己を鍛錬してこられました。この私でさえ、幼き頃は、他の村の子供たちのように遊び回りたいと思っておりましたに。」
「母巫女様が?」
巫女長は軽く苦笑しながら頷く。
「そなたは、いつも何かに急かされてでもいるようでしたが・・・・」
「あ、いえ・・・でも・・そうですね、確かに、早く一人前にならなくては、と思い、修業に励んできたような感じを受けます。」
「一体何がそなたをそう急がせるのか、分かりますか?」
「あ、いえ・・・。」

「そろそろお渡ししてもいいでしょう。」
「え?渡すとは、何を?」
にっこりと笑い、巫女長は傍らに置いてあった小箱を開け、中から何かを取りだして麻依に差し出す。
「これを。」
「これは?」
それは、小さなエメラルドだった。指輪に填める石として加工されたような形だった。
「そなたはこの石をその小さな右手にしっかりと握りしめ、生まれてきました。」
「え?」
「考えられるのは、前世のそなた、あるいは、そなたに深く関わった誰かが、死に逝くそなたに持たせたのでしょう。深く強い想いが石から読み取れます。」
「母巫女様?」
「そなたが何かに急かされるような感じを受ける理由は、おそらくこの石を手に取ればわかるでしょう。」
石を受け取ろうと差し出していた麻依の手が小刻みに震える。
「今のそなたなら石に留まっている想いに流されることもないはず。」
「え?」
「今までそなたにこのことを話さなかったのは、不安だったからです。精神的に成長が足らないままのそなたに渡し、前世の想いのみに囚われてしまうような事になってしまいはしないかと・・そなたがそなたでなくなったらどうしようかと、母は不安で・・・。」
「母巫女様・・」
「ですが、もう大丈夫でしょう。おそらく無意識のうちにそなたを急がせたのは、この石を、前世の想いを早く受け止めるため、思い出すためなのでしょう。」
受け取りなさい、と促され、麻依は未だ震える手で、そっと巫女長の手のひらにあるその小さな石を手にする。
「あ・・・・・・」
その瞬間、石から想いが溢れ、麻依の中に勢いよく流れ込む。
「わ、私・・・・・」
思わず両手でその小さな石をぎゅっと握りしめる。
熱い想いが、心が張り裂けそうで痛みを感じるほどの想いが、麻依の中でよみがえる。
「いっちゃん・・・・」
巫女長は、そんな麻依を今一度温かい笑顔で見つめると、一人そっとそこから立ち去った。


「それで、神獣を探しに奥へ入られると?しかも時操の神獣を。」
「はい、母巫女様。ぜひご許可願いたくお願いにあがりました。」
神降りの滝の社から戻った麻依は、巫女長の社に母巫女を訪ねていた。
「すぐに帰ると約したのです。ですから、別れという別れの時ももたずに・・・」
麻依は前世の最後のときの事とその約束のこと、そして、いっきゅうの事を、簡略に巫女長に話した。
「時操の神獣に、過去に連れて行ってもらおうと?前世のそなたが亡くなったすぐ後に?」
「はい。今山を下りて会いに行くことも可能だとは思いますが、でも・・・すぐ帰るという私の言葉は・・それでは、約束を果たしたことにはなりません。」
「それでも、それほどの相手ならば、きっと待っていてくれると思うのですが、それでは、そなたの気がすまないのですね。」
麻依は真剣な瞳のまま頷いた。

その麻依を、巫女長はしばらくじっと見つめていた。
「いいでしょう。許可しましょう。」
「母巫女様。」
不安げだった麻依の顔がぱっと明るく輝く。
「この地の巫女は、独り立ちのための最後の修業として、神山に入り、己だけの神獣と出会い、それを連れ帰ることで初めて一人前と認められます。本来ならば成人(この地での成人は18歳をさす)まで巫女としての修業を積み、心身共に十分な成長を認めてから、神山に行かせるのですが・・・そなたならば、もう大丈夫でしょう。巫女の最後の修業となる神獣探しの旅、行っておいでなされませ。」
「ありがとうございます、母巫女様。」


「麻依」
「はい。」
「これだけは忘れないでおられよ。前世の想いがあろうとも、そなたは、私の大切な娘です。心から愛しく思う私のかけがえのない娘なのですよ。」
「はい。」
微笑みながら麻依はしっかりと頷く。
「気を付けて行くのですよ。決して急いではなりません。迷う時は、自然の声に耳をすませなさい。己を無にし、周囲の声を聞き、気を感じとりなさい。さすれば自ずと進むべき道が見えてきます。」
「はい、母巫女様。行ってまいります。」

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