そして、そこへなだれ込む魔族たちにとっては、格好の餌である。
彼らはまさに無気力な、無抵抗な家畜だった。
「カルロス殿、結界の外の様子は?」
「シジュザール王子・・・」
リュフォンヌは最後の力を振り絞り、迷宮内を結界で包み、できる限りの人々をそこへ引き寄せたのである。
皮肉にも、それまで世界でたった一カ所闇世界と通じる道があったそこが、人間にとってただ一つ(現在確認されている限り)の安全な場所となった。
一時的に迷宮内は、不意に転送されてきた人々で混乱の様子をみせたが、それと同時にリュフォンヌのテレパシーによる説明と、そして、その中に王子、シジュザールがいたこともあり、さほど大きくならないうちにその騒ぎもおさまった。
そして、それを待ち、ある程度力ある術者たちの協力を得て、すでに瘴気に包まれてしまった街から、それぞれ生活に必要なものを少しずつ運び込むことも始めた。
街は、そっくり迷宮に移された形となり、魔の迷宮を浄化して人が住めるようにし、意識を失ってまでも、人々を結界で守り続けているリュフォンヌは、教会区と定めた少し広い洞窟の奥に、奉られることになった。
その呼称も魔女から聖人、聖リュフォンヌと呼ばれることとなり、事実上、彼女は人々の守り神となった。
「瘴気を孕んだもやで陽の光も遮られております。世界を守っていると言われている神人の一族の住む土地へ旅をすることは、おそらく無理でしょう。」
「やはり、そうか。位置さえ分からぬでは、もっともだな。いや、例え正確な位置が分かっていたとしても・・無理であろうな。」
「この瘴気の中を旅するには、やはりリュフォンヌに近い能力を持つ人物が必要かと思われます。」
「ふむ。しかし、彼女ほどの力を有する人物は、まずいないであろう。」
世界のどこかに光の創世神の血を受け継ぐ神人と呼ばれる一族が住む黄金郷があると言われていた。黄金に溢れたそこには、光の宗主がそこから世界に陽の光を注ぐと言われる光の塔があると言われていた。
王子は世界の窮状を知ってもらい、光の宗主の救助を得ようとしたのだが、現状ではそれも困難だった。
「彼らがこの窮状に気付いて手を述べてくれるということはあるまいか?光の宗主殿が陽の光を強く放ちこの闇を一掃してくれるということは?」
「神人には神人の決まりがあり、人に直接係わるようなことはないはずじゃ。」
背後から聞こえてきた老司祭の言葉に、2人は振り向く。
「しかし、これは尋常ならざること。人だけではない。世界の存亡に係わることだぞ。」
「王子、しかし、この事態を呼び込んだのは人間でございます。」
「・・・・しかし、それでは・・・どうしようもないのか?・・このまま・・いつか魔に制圧されてしまうのを待っているだけなのか?リュフォンヌ殿が・・・聖リュフォンヌが自らの命を賭して守ってくれたのだぞ?後を頼むと言い残され、深い眠りについておられるのだ。未だに我々を、街を守り続けて。」
「王子・・」
「このままでいいわけないであろう?」
「しかし、王子・・・」
その神人の地も、早々魔族の急襲にあったということなど彼らが知るよしもない。
道が繋がるその瞬間を息を呑んで待ちわびていたかのように、道が開いたその瞬間に光の塔を闇は襲った。
「リュフォンヌ・・後はオレに任すとキミは言ったが・・・教えてくれ。どうしたらいいのだ?」
途方に暮れ、カルロスは聖棺に横たわるリュフォンヌに話しかけていた。
「ん?」
ほわっと聖棺を挟んだ向こう側に淡い光が見えた。
(な、なんだ?)
まさか、闇の者の侵入なのか?と、イスから立ち上がって剣を抜き、警戒しつつゆっくりとその光に近づいていったカルロスは、その光が徐々にはっきりしてくるにつれ、ぼんやり人型を成してきたのに驚いて見つめ続ける。
(転移か?だれかが転移してくるのか?)
「あ・・・えっと・・・・ここは・・どこなのかしら?」
光の中に現れたその人物は、自分を包む光が消え転移が完了すると、周囲を見渡し、そして、カルロスに目をとめるとにっこりと微笑んだ。
「あ、ごめんなさい。脅かしてしまったかしら?私、麻依。怪しい者じゃないわ。ここにはあなたの他に人がいて?」
「あ・・ああ・・・・」
その微笑みにカルロスは警戒した闇の手の者だという懸念を打ち消した。
「あ・・私の呼びかけ(テレパシー)に答えてくれたのは、この人ね。」
棺に気付いた麻依は、ふと中を覗き、敷き詰められたクッションに横たえられているリュフォンヌを見つけて、彼女に微笑みかけ、それからゆっくりと今一度剣士に視線を移した。
「あなたが、ここの中心人物?」
「あ、いや、オレは単なる旅の剣士だ。ここは以前は魔の迷宮だったのだが、今では浄化され、おれ達人間にとって唯一の安全な場所として、彼女の結界で守られている。ここにいる人間をとりまとめてる王子がいるから、彼と主だった人物に紹介しよう。」
「そう、彼女の力も大した物ね。王子様もいるんならしっかり統率されてると思っていいわね。」
「ここに引き寄せられてきた人間は、ほとんどが迷宮のお宝目当てで街に集まっていたうさんくさいような奴らと、彼ら相手の商売人だからな、完全に統率が取れているかどうかは眉唾物だが。」
「そう。でも、そうなら、みんな迷宮を探索できるだけの力を持っている人物だと思っていいわね。たとえうさんくさかろうが、何だろうが、闇へのレジスタンスにはなれるわよね?」
「対抗勢力を作るつもりか?」
「じっとしてちゃ現状打破は無理よ?」
「それはそうだが。」
巫女装束に身を包んでいるが、風貌はごく普通の女性である。が、その確固とした自信に満ちた輝きを有する彼女の瞳に、カルロスも思わず力強く頷いていた。