瘴気に覆われ、完全に汚染されている陸路は危険極まりないからである。その点、水路は汚染されていない。もっとも空中に瘴気が含まれていることは陸路となんら代わりはないのだが、空中の瘴気だけなら、浄化は簡単であり、さほど霊力も要さない。
それに対して、陸路は、周囲全てが瘴気に冒されている。魔族の襲撃だけでなく瘴気に冒された動植物や、狂気に走った人間からの襲撃をも考えられた。
迷宮エリアや海で、魔の気を引くような派手な行動を仲間が展開してくれるとはいえ、四方八方敵に囲まれていると言って間違いない状態なのである。
少数精鋭での行動の為、少しでも条件の良い水路を選ぶべきであり、だからこそ、麻依たちは、水路を選んだのである。
それに、見知らぬ土地を行くより、水路の方が、船を自由に扱える麻依にはうってつけでもあった。
「さすがだな、今生ではないらしいが、前々世とかで、海賊してたらしいんだ。」
「へ??・・・・巫女さんがねー・・・・・どうりで軽々と風を掴んで、上手く船を操るとおもったよ。」
帆を巧みにあやつる麻依を、カルロスと伊織は感心しながら見つめていた。
「だけどさ、前の記憶があるなんて、信じられないよね?」
「そうだな。おそらくは、それなりの運命が課せられているんだろうな。」
「光の宗主への道?」
「でなければ、普通の巫女、いや、霊験あらたかな巫女として、この世の栄華を誇った生涯を送れるんじゃないか?」
「だよねー。光のエナジーの伝授の光景を見てそう思ったよ。こんな巫女さん初めて見たよ。まさに本物だって思ったね。」
「オレもだ。」
「だからさ、よけい、ホントに同一人物だろうか?な????んて思っちまってさ?」
「はは、そうだな。キミの言いたいのは、海賊まさりで飛び回っている今と、それから、酒場での野球拳だろ?」
「ああ。」
「だが、取り澄ましてる巫女さんよりいいと思ってるだろ?」
「まーね。そんな巫女さんなら、こうして付いてきたりしないさ。」
「はは、はっきり言うんだな、キミは。」
「バカ正直さとこれがあたしの取り柄だからね。」
と、伊織はわざと力こぶを作って見せ、明るく笑った。
「ここまでね、これ以上は舟では無理だわ。」
川幅もずいぶん狭くなってきていた。加えて少し上流は滝となっていた。
「では、巫女様、ここから陸路で?」
「そうね、紫鳳・・それしかないでしょうね。」
「陸路か・・・まー、僧院の元まで水路で行けるとは思わなかったが・・・・予定してたより早く川から上がることになったな。」
「そうだね。」
「方向は、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。あたいが間違えることはないよ。・・2人の気を感じる。」
「そうか。」
伊織が言った2人とは、彼女と迷宮の冒険を共にしていた、双子の僧侶と魔導師、イーガとヨーガである。
彼ら2人は、この世界に魔が召喚される少し前、偶然にも、今彼らが行こうとしている問題の僧院に向けて旅立っていたのである。
共に一人の女性、伊織を愛したイーガとヨーガ。そして、そのどちらも選べなかった伊織。
そして、選べさせることができなかった2人は、それならば、とその僧院の奥にあるという秘術で、1人の人物になろうと旅だったのだった。
『本来私たちは1人の人間として生まれるはずだった。それがどういうわけか母の体内で2つの肉体、2つの心に分かれてこの世に生を受けてしまった。だから、同じ人を愛し、彼女を苦しめてしまっている。ならば、いっそのこと1人に戻ろう。それによって今までのそれぞれの自己というものが消滅してしまう結果になってもかまわない。
伊織の為に一度は投げ出したお互いの命。再びこうして息ができるのは、命が長らえているのは、伊織の(それとリュフォンヌの)おかげなのだから。彼女をこれ以上苦しませたくない。』
イーガとヨーガが黙って旅立った後、伊織はそれを知り、慌てて追いかけようとしたものの、追いかけてどうしたらいいのか、彼らになんと言って止めるのか、いや、止めることがいいのか悪いのか、等、いろいろ迷い、旅立ちを迷っている間に、世界がこの事態に陥ったのだった。
「まずは、僧院までの道から邪を払うわね。」
そういって、岸辺につけた小舟からとん♪と軽く飛び跳ねるようにして下りた麻依は、その場で意識を集中した。

深い山間の森、うっそうと茂った木々に囲まれ、闇の瘴気が濃く覆いつくすそこに、光がぽっと灯った。
「光よ、我が前に道を示し、道に満ちている邪を払え!碧玉よ、我が内の光持て、地を汚した瘴気を払え!」
麻依の声が周囲に凛と響き渡る。
光は碧玉の碧色と解け合い、一筋の道を描いていった。
森の中を、淡いエメラルドブルーの光玉が、闇を裂いて、道を描いていく。
「さてと、いよいよ探検イベント開始だな。術の類は無理だが、直に襲ってくる奴らはオレに任せてくれ。」
剣の柄に手をかけながら、力強くカルロスが言った。
「あたいも、この旦那にゃ負けはしないからね。術同士の戦いはできないけどさ、そこら辺の術使いくらい、あたいの気功でぶっ飛ばしてやるよ。」
「ありがとう。心強いわ。術対術なら、紫鳳が軽くはねつけてくれるからそっちの心配はいらないわ。思いっきり暴れてちょうだい。」
しとやかににっこりと笑う麻依に、紫鳳が彼女の後ろからそっと耳打ちする。
「巫女様、今のご自分の言葉を忘れませんように。巫女様の力は常に周囲の浄化の為に使われているのですから、それを忘れて、大暴れなどなされませんように。巫女様に倒れられてしまっては全ては水の泡なのですから。よろしいですね?しっかりと心に留め置きください。頼みましたよ。」
(もう・・紫鳳ったら、信用してくれてないんだから・・・)
少しむくれた視線を紫鳳に投げかけると、麻依は、カルロスと伊織に、視線で出発の合図を送った。