夜も完全に明け、目覚めたカルロスと紫鳳と共に、2人で準備した朝食を取る。
といっても日持ちのする保存食だが、それでも、少しでも食事らしくしようと、飲み物だけは、お湯を沸かして、お腹(と心?)に暖かいものを入れた。といっても、インスタントコーヒーか紅茶である。シンプル イズ ザ ベスト!いつなにがあってもいいように、手際よくすませる。それが一番なのである。お湯を沸かす事でさえ、現状では贅沢なことなのである。(ほんとか?/^^;
麻依は、支度の調った3人に微笑みかけると、先に立って歩き始めた。
「今日はまたご機嫌がよろしいようで。あ、いえ、というより、巫女様のその手の明るい笑顔を拝見するのは、久しぶりだと感じるのですが。」
途中の休憩のとき、紫鳳が言ったその言葉は、カルロスも伊織も感じたことだった。といっても、2人にとっては、久しぶりに見るのではなく、初めてなのだが。
「そう?久しぶり?」
「そうです。微笑んでいらしても、どこか緊張感があるものでしたが、今日のは、このような危険地帯にいるというのに、ホントに心底から明るいといいましょうか?」
「ああ・・・そうね、そうかもしれない。」
にっこりと微笑んで麻依は続けた。
「昨日一日歩いてて思い出したの。」
「思い出した?何をですか?」
「いろんなところを冒険してた頃のこと。」
「とおっしゃいますと、やはり過去生?」
「そう。前世でも一時トレジャーハントしてたけど、それじゃなく、もっと前の・・・・そう、”まいむ”としての記憶の最初の頃の思い。冒険家として独立し、見る物聞く物、新しい地へ行った時、楽しくて、興味いっぱいで、わくわくしてたこと。その時のその気分がよみがえったの。」
「わくわく・・ですか。まー、普通のところでしたら、そうでしょうが。」
「そうよ。ここだってそうよ。未知の土地だもの。何が起こるか、何が待ち受けてるか・・・そう、そういう冒険家としての探索心を思い出したの。そうしたらね・・」
「そうしたら?」
「世界を救おうなんて肩に力を入れてたことがばからしくなってきたっていうか?」
「バカらしく・・・しかし、巫女様?」
「確かに、最終目的は世界から闇を払うことなんだけど、でも、今はこの探検を楽しもうと思うの。」
「楽しむ・・ですか?この、瘴気に包まれ、魔と化した森を進むことが?」
納得できないとでも言うように、少し呆れた表情で問う紫鳳、そして、同じく、訳が分からないといった表情で、じっと麻依を見つめているカルロスと伊織。
「確かに普通の感覚で行くと楽しいと言えるところじゃないけど、でも、初めての土地なのよ。新しい発見があるかもしれないわ。」
「新しい発見?」
「そう、たとえば・・・ほら、昨日、僧院まで光玉を飛ばして浄化したはずの道が、どん欲なまでに濃い瘴気が、早くも侵し始めてるっていうか・・・魔に置かされた木々の根が、浄化したはずの地面から突き出てきてる。」
麻依のその言葉に、3人ははっとして周囲を見た。
自分たちが通ってきた茂み、そして、進もうとしている方向、見た目には判断できないそこが、今ははっきり他と区別できた。
そう、浄化されたエリアと思われるその地面から、どす黒い根があちこちに張りだしていた。
「巫女様!それは新しい発見だと喜んでいる場合じゃないでしょぉ?」
「でも、発見は発見よ!私の光玉の浄化がたった1日ほどで効果なくなるなんて思わなかったのよ。すごいでしょ?」
「巫女様?!」
あきれ果て、紫鳳は麻依を睨む、と同時に、ふっと笑った。
その紫鳳を見て、カルロスと伊織は、周囲を警戒しつつ、なぜだ?と訝しがる。
「しかし・・そう言われればそうですね・・・」
「そうでしょ?」
麻依も紫鳳も、いつその木々が自分たちに襲いかかってきてもいいように、身構え、周囲に気を張り巡らしながら話し続ける。
「巫女様は天然でしたからな。」
「あら、合意したのはそっちの方なの?」
軽く紫鳳を睨んで笑う麻依。
「でも、前世より天然っぽさは薄れたと思うんだけど。」
「私は前世は存知あげませんが・・・・ははは・・・そうですね、脳天気でいてこそ巫女様。道がふさがれていようと、その脳天気さで、そこにはない道をそこに見つけられる。」
「それって、誉めてるの?けなしてるの?」
「そうですね・・・・”感心してる”では?」
「・・・・・なんかうまくごまかされたみたいだけど・・まー、いいわ。そろそろ来るわよ?!浄化の光玉を作ってる時間はないから、まずこの根っこの本体たちを倒すわよ!」
「オッケー♪片っ端から空の彼方に吹き飛ばしてやるから、あたいにまかしときな!」
「後からと言わず、今精神集中してくれてもいいんだぞ?敵ならオレと伊織に任せといてくれ!こういった輩との戦闘なら慣れたもんだ。」
麻依が天然かそうでないか、は、この際置いておいて、伊織とカルロスは、ようやく得た自分の活躍の場に、意気込む。
「ま♪頼もしいわ♪じゃ、時間が欲しいからそうさせてもらおうかしら?」
「そうして下さいますか?時間を短縮出来るならその方が良いと私も思います。巫女様に彼らの手が回らないよう、周囲に私が結界を貼りますので。」
「じゃ、お願いね♪」
襲いかかってくる鋭い木の根の集団と戦うカルロスと伊織、そして、守護結界を麻依の周囲に貼りつつ、2人に劣らぬ戦いぶりを見せる紫鳳。その3人の中心で麻依は、精神統一に入る。
前日の光玉よりも、より純度の高い光玉を、聖光玉と呼ばれる純玉を練り上げる為、自身を無防備状態とし、ひたすら精神を統一する。身の内にある光を呼び、1つの玉として集合させ、そして、増幅させていく、大きく、濃密に。
ひっきりなしに、そして尽きることなく襲いかかってくる木の根。本体の現れる気配はない。
本体を倒さなければ、トカゲの尻尾と同じで根はいくらでも斬られた口から再生し増殖してくる。
「キリがないな。体力的にはまだまだ戦っていられるが。」
「ここは、やっぱり巫女さんの光玉しかないのかね?」
戦闘しつつ、そんな会話をカルロスと伊織がしたその時、2人の頭に、紫鳳のテレパシーが響いた。
『本体が来ますよ!』
はっとして紫鳳の方を見る。と、彼がじっと睨んだ闇の一点がわざわざとうごめき始める。
『巫女よ・・・巫女・・・・光の巫女・・・あの光玉を我らに・・・巫女よ・・・光を・・・』
「巫女様っ!」
光玉をほぼ形成し終わっていた麻依は、紫鳳に呼びかけられて我にかえり、彼を、そして、その闇の中で蠢く物に視線を移した。
「待って!」
先手必勝、攻撃をしかけようとしていたカルロスと伊織を止め、麻依は2人の前に出る。
『おお、その光・・・聖なる光だ・・・巫女よ・・我らにその光を与えてはくれぬか。・・・・・我らをこの苦しみから解放してくれ。』
「・・・この森の精?・・・いえ・・・木々の精霊王?」
麻依の言葉に導かれるように、蠢くそれは、闇の中から徐々にその姿を表した。

『その通りだ。光の巫女よ。我はこの森の王。木々の王。』
「その木々の王が私の光玉を欲しておられるのですか?」
『闇世界から引き込まれた邪気により、我らは邪悪なるものとなろうとしている。苦しいのだ・・・我らは、流れ込んできた瘴気で一瞬にして魔の眷属と化した他の地の木々のようには、なれなんだ。我らの身体、そして、精神は、徐々に闇によってむしばまれている状態だ。徐々に・・・そう、ちょうど同じ体内で光と闇がその領域をめぐり諍いと闘争を続けているかのように。苦しい・・たまらぬのだ。古き木も新しき木も、頑丈な木も、弱き苗木も・・すべて・・苦しみのたうち回っておる。故に・・頼む、その光玉を我らに・・・この周囲一体の山々に、我らに・・くださらぬか?』
「木の王よ、私の光であなたたちの痛みがやわらぐのなら、そして、なくなるのなら、私はいくらでも光玉を作ります。でも、魔への傾斜が深いものにとっては、激痛・・いえ、ひょっとしたら、私の光は徒になってしまうかもしれません。」
『もとよりそれは承知。我ら皆、魔と化すより消滅を欲しておる。』
「・・そうですか・・・では・・」
「お待ち下さい、巫女様!」
麻依が光玉を森に照射しようと、大きく手を広げたとき、紫鳳が慌てて止めた。
「もう少しお考えになられてから決めてくださるとありがたいのですが。」
「でも、紫鳳、現に今、苦しんでるのよ?少しでも早いほうがいいじゃないの?」
「しかし、巫女様!このエリア一帯ということなのですよ。」
「そうよ!それが?」
「大丈夫なのでございますか?」
「あ・・・・・」
紫鳳に言われ、麻依は、改めてその広さに気付く。
「それに例え一度は、辺り一帯の木々から邪を浄化したとして、それでどうなります?この世界には瘴気が籠もっている、いえ、この世界の空気は瘴気と化しております。一旦は浄化に成功しても、再び侵されます。結果同じ事の繰り返しとなり、光のエナジーの供給は、絶えることなく続けなければなりません。」
「・・・・・そうね・・・でも・・・・」
頭では理解できた。今一部の木々に光を照射しても、それはまたすぐ闇に侵されてしまう。とすれば、予定通り僧院までの道を浄化し、光の塔の所在地を突き止めるべきだとも思う。が・・目の前で必死の思いで自分自身を侵しつつある魔の狂気を抑え、懇願している木の王を思うと、断るのは躊躇われた。
『その懸念はもっともだ。だが、我とて、だてに数千年長らえてはおらぬ。この地域には巫女が目的としている僧院を中心にして、巫女の光とは異なっておるが、ある種のエナジーの加護がある。だから我らは瞬時にして魔にはならなんだ。』
「ある種のエナジー?僧院を中心として?」
『強い気を感じる。あれは、そう、あれは、おそらく邪を払う炎龍の気。』
「イーガとヨーガだ!」
伊織が叫んだ。
「2人は、しばらく炎龍の元にいたことがあるんだ。だから、その気を吸収してるのかもしれない!」
『瘴気が世界を包み込んだとき、その気は我らに語ってきた。世界を守ろう!と。だが、我らの活力源である光は断たれ、その気に合わせ、瘴気を跳ね返すことができなかった。だが、巫女よ、もし今巫女の光を我らにくれるのならば、僧院からの気と我ら木々の気でこの地に強力な結界を貼ろうぞ。』
「確約できるのですか?」
「紫鳳!」
冷たくも感じられる口調で、王に聞いた紫鳳を、麻依は思わずにらみつけた。
「お叱りは受けます。ですが、私にとって巫女様は大切なお方。何よりも巫女様の安全が優先となります。」
『もっともな言い分だ。だが、決めるのは、巫女だ。』
平静を保ち、静かに言う木の王だったが、その瞳は、苦しみにあえいでいた。ひたすら麻依に懇願している瞳だった。
「やってみるわ!」
「巫女様!」
「結界が張られるのなら、僧院までの道の浄化も必要なくなるわ。何より目の前で苦しんでいる人を(人じゃないけど)見過ごすことなんてできないわ。」
「しかし!」
「大丈夫!・・・たぶんだけど・・・」
ふう、と大きくため息をつき、紫鳳は、それでも、避難の色を帯びた視線で麻依を見つめ続ける。
「”たぶん”、では済まされない問題なのですよ?」
「じゃ、”絶対”大丈夫よ!」
「巫女様?お気楽な天然思考で簡単に口先だけでおっしゃられても信憑性が伴いませんよ?」
「大丈夫!私が大丈夫だと思えば、大丈夫なのよ!」
「巫女様っ!?」
麻依は、木の王に目配せし、力強く頷いてから、光玉をその場で解放し、そのエナジーを周囲に照射した。
木の王の言う”このエリア”がどれほどの範囲なのか、それでも、相当な広範囲を覚悟して麻依は、光のエナジーを放った。
が・・・・・
(やっぱり光玉の分だけじゃエナジーが足りそうもないわね・・・)
手にしていた光玉はすでに森の木々に吸収され失くなっていた。
それでも、彼らは、光を欲し、麻依へと必死になって手を伸ばしてくるかのように要求した。
それは、乾きの果て、ようやく見つけた水辺に群がる動物のように、蜜に群がる蟻のように、どん欲にむさぼるがごとく求めてきた。瘴気による激痛から逃れるべく、流れ込んできた光を欲する。
『もっとだ!・・まだ足りぬ!・・・まだまだだ!これでは瘴気の方が強い!もっと光を!エナジーを!!!助けてくれ!!!』
「巫女様?!」
彼らのそのどん欲なまでの渇望に、思わず身震いした麻依を見て、紫鳳はぞくりとする。
(このままエナジーを吸い尽くされたら・・・巫女様は・・・)
慌てて麻依の背後に正座して精神統一し、紫鳳は自分の霊力を麻依に送る。
(あ、ありがとう、紫鳳。)
(何をおっしゃいます、巫女様。水くさいですぞ。最初からおっしゃってくだされば。)
(でも、紫鳳、反対みたいだったから。)
(まったく、余計なところで、意地を張られるのは巫女様の悪いところですぞ?そんなことで取り返しの着かないことになったらどうされるのです?)
(ご、ごめんなさい。)
テレパシーで紫鳳と会話すると、麻依は、紫鳳のおかげで楽に感じられる分、一層精神を集中し、自分の中の光を集め、増幅させていく。
(巫女・・様・・・・・)
(紫鳳?)
木々たちが欲したエナジーは、やはり尋常ではなかった。
霊力と気力を使い果たした紫鳳が倒れ、それでも、まだ彼らは麻依を放そうとしなかった。
一度つながったエナジーの補給路は、それを断つことさえ許さないとでもいうように、狂ったように、エナジーを欲して放さそうとしなかった。
「麻依!」
傍で見ているカルロスと伊織も気が気ではない。このままもし麻依が倒れてしまったら、世界を闇から救う手だては水泡に帰してしまう。
とはいえ、どうしようもないことも確かだった。
ただ、祈るように、直立不動のまま気を統一している麻依を見つめ続けていた。
(もう・・・だめ・・・・もう私の中のどこにも、光のエナジーのかけらさえも残ってないわ・・・・・・まだ、必要なの?・・・・・まだ?・・・・・・・)
麻依の意識が薄れかかっていた。まるで闇の手に包まれていくような気がした。闇に引き込まれていくような気が・・・・・
(いや・・闇になんて飲み込まれたくない・・・・・・真っ暗なんて・・・・・いや・・・私が好きなのは・・・青い空・・・そう・・・真っ青な空、輝く太陽・・・・・・・そう・・・・太陽・・・暖かい光・・・あの人の笑顔・・・)
生気も何もかも光に変換し放出しきってしまったと感じ、やはり紫鳳の言うとおりにすれば良かったのかと後悔しつつ、それでも、その事に思考が辿り着いた時、麻依は、はっとした。
(あるじゃない。まだ私にはあるわ。限りないエナジーが。心の中の青空・・暖かい光・・・・決して消え失せることはないわ。そう、溢れる想いに限りなんてない。いっちゃん・・・私に力を貸してちょうだい。あなたの笑顔。・・・そう、楽しかったあの日々を思い出して・・ほら・・・いくらでもあふれ出てくるわ。このエナジーを光に変換すればいいのよ。ううん、これが私の光のエナジーの源。いっちゃんへの想い。大丈夫、この愛に限りなどないわ。いくらでもあげられるわ。私の想い。光のエナジー。)
傍目にも、今にも倒れそうだった麻依が、何かのきっかけで立ち直ったことがはっきりと分かった。
目を閉じ精神統一した状態は変わらなかったが、両手を胸の上で組み軽く微笑みを浮かべた麻依は、それまでとはっきり違う余裕があるように感じられた。
光が彼女の全身から輝き始めていた。暖かくそして優しく包む光が、大きく、徐々に大きく膨らんでいく。
『巫女よ・・我らはもう大丈夫ぞ。巫女よ・・・・』
「み、巫女・・様・・・」
気付いた紫鳳が、慌てて麻依の正面に寄り、固く組んだ彼女の手を掴んで離させる。
「紫鳳・・・?・・・木の王?・・・・」
心、そこにあらず、あまりにも集中していた為、思考が止まっていた麻依は、ぼんやりとした頭で、目の前の紫鳳と木の王にそう話しかけるのが精一杯だった。
※Special thanks 紫檀さん<イラスト