それは建物の尖塔部分の中央にある地下から最上階までずっと続いている螺旋階段。
下へ下りるに連れ薄暗くはなってくるが、尖塔から陽の光が差し込んでいるため、その光がなんとか届く範囲までは灯りも必要ない。が、光が届かない先は、暗闇が待ち受けている。
加えて、その太陽でさえ闇の気で遮られているのが現状である。通常ならもっと下の方まで陽が淡く差し込んでいるだろうと思われる場所でも、早くも暗闇に包まれていた。
持参してきたランプを片手に下へ下へと下りていく。幸いにも、やはりといおうか、そこに敵対する魔物類はいなかった。いるといないでは大いに違ってくる。闇の中、彼らは順調に下へ下へと下りていった。
そして、階段がとぎれたところから、自然の地形を利用して作ったらしい横穴へと入る。
そこからが問題だった。力を、書を求めて訪れる者の力量が試されるエリアなのである。
山のようなトラップを越え、山のような謎を解き明かし(文章は都合がいいなー(爆)、パズルを組み合わせ、体力と知識、時として術と運、をも駆使し?、彼らはともかく先に進んだ。ただ、伊織からテレパシーで、光の宗主が同行していると聞き、安心して気が抜けたのか、イーガあるいはヨーガのものだと思われた気を感じることができなくなったのが、唯一彼らの気がかりだった。一言もそのことを口にせず、不安な表情もみせず、もくもくと歩を進めている伊織に気遣い、誰しも心の中ではひょっとすると危ない状態なのではないかと思いつつ、それを口にすることはできなかった。
(・・・即身仏・・・・)
壁際の岩の上に座り、瞑想状態のミイラを見つけ、麻依はそっと手を合わせてからその前を通り過ぎ、カルロスたちも、立ち止まることこそしなかったが、黙祷をし、その前を通り過ぎていく。
と、最後尾にいた伊織がその即身仏の前を通り過ぎたその直後だった。
カシャン!と音がし、伊織は後ろを振り返る。
(これ・・・・・)
そして、通り過ぎてきたときには確かになかったはずの数珠を、道の上に見つけて拾い上げる。
(ま・・まさか・・・・)
数珠を手にし、即身仏を見つめた伊織の顔からは、一気に血の気が引いていた。
「伊織?」
麻依が何事かとそっと声をかける。
「麻依・・・」
「なーに?」
「麻依・・・・これ・・・・この即身仏・・」
「この即身仏が?」
震える手で即身仏を指さし、伊織はゆっくりと麻依を見つめた。
「イーガだ。」
「え?まさか?」
慌てて伊織の傍に駆け寄る麻依、カルロスそして紫鳳。
「間違いないよ・・イーガだ・・・・抜け落ちてる黒髪と、それから、この数珠は、あたいがあげたんだ。宝石探しのおまけで手に入れたっていってた宝石・・・・イーガがくれたその宝石であたいが作って・・」
「だが、この即身仏は完全にミイラ化してるぞ?もう数百年たってると言ってもいい。」
カルロスの言う事ももっともだった。闇の瘴気が襲ってきたのはまだ数週間前。その前はイーガは生きていた人物なのである。
「自分の持っている力以上に全ての力を使い果たしたというところでしょうか?体力も精神力も、そして生命力も・・・己自身全てを燃焼させ、あの炎龍を捻出した・・おそらくそんなところでしょうな。」
「そんなところって・・・」
表情一つ変えず、たんたんと自分の予測を口にした紫鳳に、カルロスは今更ながら呆れていた。
「イーガ・・・」
伊織は膝の上に組まれた骨と化した両手の上に、そっと自分の手をあてる。
「イーガ・・・頑張ったんだね・・さすがだよ。・・・だけど、、だけど・・・・もう一度、生きてるあんたに会いたかった。・・・会えると思って来たのに・・・・会って一緒に・・・・闇からの解放を目指して戦いたかった。」
大粒の涙がその手の上に次々に落ちていた。
「だけど、あんたは一人戦って先に旅立ってしまったんだね。・・あたいを置いて?」
「それでもう一人はどうしたんでしょうな?」
紫鳳の言葉に、泣いていた伊織ははっとする。
「そうだ!ヨーガは?・・・・・2人はいつも一緒なんだ。近くにヨーガも?」
涙をぐいっと拭き、慌てて薄暗い洞窟を調べ始めた伊織に倣い、全員必死になって残る一人の影を探し始めた。
だが、どこにもそれらしきものはなかった。即身仏も遺骨も・・・死骸も。
「だ、大丈夫さ!ヨーガのことだから、きっと生きてるよ!だってここに入る前はテレパシーで話もできたんだから。」
「伊織・・」
無理に笑顔を作り、先に立って奥への道を歩き始めた伊織の後に麻依たちは無言で続いた。
そして・・・・・
「え?・・・ヨーガ?!ヨーガじゃないかっ!」
そこからまたずいぶん下ったところ、そこは一面地底湖となっていた。
四方八方に飛び石として利用できる岩がその湖面から顔を出していた。
その岩は、ともすると隅の方など飛び移ったときの衝撃で崩れてしまうほどもろかった。
注意深く渡っていったそこに、湖水の中に横たわっているヨーガを伊織が発見したのである。
「ヨーガさんが?どこに?」
岩は一人立っているのが精一杯の大きさの為、伊織のところまで行く事はできない。
少し離れたところから叫んだ麻依に、伊織は湖水を指さして教える。
「ここに・・・ここにいるんだよ。水の中に・・まるで・・・まるで眠ってるみたいだけど・・・」
麻依は、なるべく伊織の近くの岩まで飛び移ってくると、そこに腰を落とし、軽く握りしめた両手の人差し指のみまっすぐに立て、左手を湖水に漬け、右手を顔に当て、目を閉じ、意識を集中した。
「麻依?」
伊織を始め、カルロスと紫鳳が見守る中、麻依はそこで何が起こったか時を越えその様子を心の眼で見ていた。
「ほ・・う・・・」
しばらくしてその姿勢を崩し、麻依は、大きく呼吸を整える。
「麻依?・・・・ひょっとしてわかったのかい?何があったか・・・何がイーガとヨーガの身に起こったのか・・・・麻依?」
「ええ。」
一呼吸置いてから静かに答えた麻依の瞳は、伊織に事実を受け止める覚悟を求めていた。
その問いに黙って頷いた伊織の落ち着いた瞳を見て麻依は、大丈夫だと判断する。
「彼ら2人は・・・・・」
今見てきたことを一つ一つ改めて思い出すかのように麻依は話し始めた。
「闇の気を感じ、その払拭をしようと、内にある炎龍の気を高め放射しようとした。だけど・・その気を高めれば高める程、荒ぶったそれとなるのを恐れ、一旦は途中で止めようと思ったの。でも、闇の気は予想してたよりずっとずっと強かった。最高まで高めても、ううん、全生命力を費やして高めても、襲いかかってこようとしている闇の気には、到底立ち向かえそうもないと感じ、2人はお互いの炎龍の気を合わせることを思いついた。暴れ龍を生み出してしまうかもしれないという不安もあったけど、それでも、闇の気と戦うには、それしかないと判断したのよ。そうして・・・・・」
「そうして?」
そこで一旦口を閉じて黙ってしまった麻依を、伊織は催促する。
「結果だけ言うわね。」
悲しそうな表情を伊織に投げかけ、麻依は重い口を開いた。
「まずヨーガが自分の内にある炎龍の気を高め、それをイーガに送った。イーガはそれを受け、自分の内にある気と練り合わせ、より大きく、より純度が高く、闇を消し去り得る炎に高め、放出した。それは共に僧侶であり魔導師ではあったが、僧魔法は、イーガの方がヨーガより多少高度な域まで達していたかららしいわ。」
こくりと伊織は頷く。
「リスクは2人とも覚悟していた。でも、放出と同時に、予想しなかったことが起こったの。」
「予想・・・しなかったこと?」
伊織は心臓の鼓動が早まってくるのを感じていた。
「炎は、イーガの内から外へ放出されると同時に、術者もろとも、そして、傍にいたヨーガをも飲み込み、勢いよく燃えさかったの。」
麻依は今一度この先を聞くかどうか、伊織に目配せして念を押す。
(ここまできて聞かないわけにゃいかないだろ?大丈夫、あたいは・・・取り乱すようなことはしない。)
その心の声を読み、麻依は目で励ましてから続けた。
「イーガは・・・ヨーガの炎の気を受け、そして、自分の内の気とそれとを最高まで練り上がる為に、全ての力を使い切ってしまっていた。2人を包み込んだ炎をどうすることもできないほど、弱まってしまっていた。だから、炎が2人を包み込み、死を覚悟したその瞬間、多少なりとも精神力が残っていたヨーガは、最後の力を振り絞り、底尽きたと思えたその力を振り絞って、イーガの心を、その魂を自分の身体の中に呼び込むと同時に、ここまで飛ばしたの。」
「ヨーガが・・イーガの心を呼び込んで?ということは?」
肉体は一つだが、2人とも、2人の魂は無事なのか?と、思わず伊織は、希望をも感じ、湖水の中のヨーガの身体に視線を移した。
「ここは・・・元は氷穴だったそうよ。入口から徐々に冷気が強くなって、ここまで来るともう湖水一面氷が張ってたらしいの。」
「氷穴・・・」
「でも、そのとき全身を包んでいた炎龍の炎で、全部溶けてしまったらしいわ。」
4人は思わず周囲を見渡していた。
熱気で完全に溶けてしまったそこは氷穴だった痕跡すらない。
「しかし、巫女様、ここまで飛んだ、ではなく、飛ばしたとおっしゃいましたな?という事は・・・?」
紫鳳の言葉に、伊織は改めてそのことに気付き麻依を緊張した面持ちで見つめる。
「ええ・・・紫鳳はもう分かってるわね。呼び込んだと言ったけど、飛ばす為には、同じ肉体にいてはそれができない。つまり・・・呼び込むと同時に、ヨーガはイーガの身体に入ったの。」
「あ・・・じ、じゃー・・・あの即身仏は・・・?」
「そう、炎に包まれながらも、その熱さにもがきもせず、座を組んだまま、精神を集中させ、全霊力を込め、イーガの魂が入った自分の肉体をここまで飛ばし、炎龍の聖気を周囲一体に放出した・・・。」
「ヨーガ・・・あれは・・・ヨーガだったんだ・・・・。イーガの身体に入った、ヨー・・・ガ・・・・」
がくりと伊織はその場に手をつき、そして、その視線は、湖水の中のヨーガに注がれる。
「あ・・・で、麻依?ヨーガ・・いや、イーガは?水の中にいて大丈夫なのか?助かる・・のか?」
「ここは、再生の湖らしいの。」
「再生の?」
遙か大昔、ここは聖地だった。身体に障害を持った人や病人など、いろいろな人がここへそれを治してもらおうと巡礼してきたそうよ。でも、あるとき、それがきっかけで、つまり、ここの所領争いがきっかけで国同士の戦が始まり・・・それが終わった時、ここに来てみると、一面分厚い氷が張りつめていて、それから、聖なる恩恵を受ける事ができなくなってしまったんだそうよ。」
「人間の醜い争いが、奇跡の湖を凍らせてしまった・・・」
「ええ。」
「あなたのテレパシーに応えてくれたのは、炎龍の気の中に残っていたヨーガの心だったみたい。死んでも、なんとかして荒ぶれた炎を抑えようと炎の中に残っていたのね。」
「そ、そう・・・・ヨーガの・・・・」
炎龍を昇華してから、返事が全くなく、気も感じられないことの理由がようやく分かった。悲しい事実と共に。
「焼けただれた肉体はこの湖の奇跡の力で再生され、そして、イーガの魂は・・・深く深く眠っているわ。その眠りのおかげでおぼれることもないんだけど。」
パシャン!と麻依は湖へ足を踏み入れた。
「麻依?」
「私一人の方がいいの。みんなは岩の上にいてね。イーガは・・自分が死んだと思いこんでいる。その深すぎる眠りを覚ますには、この湖水の奇跡の力が必要だわ。」
3人を見渡し、無言の了承を受けると、麻依は湖に潜った。
「眠りの深淵にて深く眠るイーガよ、安らぎの闇のベールに包まれし魂よ、目覚めの時、来たらん。再生の陽の光受け、その重き瞼を開け光を見つめよ。暖かき光、希望のベールの中、その身を起こせ。・・・・目覚めよ、深き眠りから解き放たれよ!光を求めよ!」
「うわっ!」
「わあっ!」
「・・・・・」
ヨーガの身体が横たわっている地点を中心に、湖水が逆巻き始めた。そして、次にそれは洞窟の天井に届かんばかりに巻上がった。
そうしてその状態が何分続いただろう。
驚き、息を飲んで見つめ続ける3人の前で、その高く巻上がった湖水が少しずつ収まり、気付くと一滴の水もなくなっていたそこで、目をこすりつつ、不思議そうに周囲を見渡しているイーガとその傍でにこやかに微笑んでいる麻依の近くに、3人は駆け寄っていった。
「イーガ!」
「い、伊織・・か?・・・・ホントに、伊織?」
一体何があったのか、何がどうして今ここにいるのか、まだぼんやりとした頭で、イーガはベールがかかってはっきりしない自分の記憶を必死になって辿りつつ、そこに見知った伊織がいる事に安堵感も覚えていた。
「そうか・・・ヨーガが・・・・・これは、ヨーガの肉体なのか・・・オレは、あの時、最悪の場合を想定して、ヨーガだけは助かってくれるようにと、自分の中に炎龍の気を呼び込み自分の内の気と練り合わせたつもりなんだが・・・・」
「イーガ・・・・」
全てを伊織の口から聞き、しばし呆然としていたが、そこは迷宮百戦錬磨の僧侶魔導師イーガ。過ぎ去った事を悔やむのではなく、それを真摯に受け止め、今成すべき事をしようと決意する。悲しさの残る、だが、確固たる決意を表す笑顔を、伊織に向け、伊織もそれに応える。
「ヨーガの記憶が残っているこの肉体を、ヨーガと思い、私は生きる。ヨーガの分も。」
「そうだね。」
「ああ、そうだ、双子とは言え、食事の好みなどはなぜか正反対だったんだが、ひょっとしたら、肉体がヨーガのせいで、好みはヨーガのものかもしれないな。」
「あ・・そうだね、そうかもしれないね?」
「一つになる呪文書を探しにきて、その術書を発見する前に一つになったってこと・・・かな?」
「イーガ?」
「大丈夫だ。ヨーガはいつも私と一緒にいる。心の中でじっと耳をすませば、ヨーガは応えてくれる。」
「うんうん。」
いつまでも話し続けているイーガと伊織。
お互いを励まし合っているその2人とは少し距離を取り、しばらく3人はすっかり干上がってしまったそこで、休息をとることした。