「風化はしてるけど、でも、地下に封じられていたせいか、どことなく神聖な空気を感じる・・・。その昔、ここで世界を作る輪軸が神の手によって作られ、そして世界を2つに割る車輪が作られし神聖な場所・・・・・」
麻依は文献にあった文章を独り言のように呟きながら、洞窟の土や鍾乳石と一体化してしまった聖堂を見て歩いていた。
そこには口に上る言葉とは裏腹に、どんな小さな変化でも見落とすまいとするきつい視線がある。それは、この聖堂のどこかに奥室への仕掛け扉があるはずだからだった。
「巫女様、少しお休みをとられた方がよろしいのではないですか?一刻も早く聖堂の奥室を調べたいお気持ちはわかりますが、この部屋へ入るまでずっと闇の輩との攻防が続いていたことですし、奥は奥でまたどのようになっているか分かりませぬから。」
「そうね、扉を開けて中に入ったとたん、私たちの姿は見えてても彼らは襲いかかってこなかったわ。ということは、ここなら何者も侵入してこないということなのでしょうね。」
「麻依、キミはずうっと光のエナジーを放出し続けてきた。少し休んだ方がいい。疲れは回復の呪文でとれてもキミの中の光のエナジーの回復までは見込めないんだろう?」
カルロスが紫鳳の提案ももっともだと言うように、伊織たちにも視線でそうすることを勧めながら、自らもまた床に座り、麻依も苦笑しつつそれに倣う。
手頃な瓦礫を拾ってきて中央に火をたき、全員それを囲んで円座に座りなおす。
「だけど、奥への部屋の隠し扉、こうも周囲が洞窟の壁と一体化しちまってたんじゃ、見つけにくいねー?」
伊織が周囲を見渡しながら呟いたが、表情は困惑したそれでは決してない。彼女らにとって、このくらいの障害は障害のうちには入らない。
「まずは、隠し扉を開ける為の仕掛け・・だな。」
「うん。」
「ま、開くと同時にその通路いっぱいに敵がわんさかということも考えられるからな、巫女様にはよ??く補充しておいてもらわないと。」
「そうだよね、イーガ。」
伊織は話していたイーガから麻依に視線を移す。
「いいかい?急げば回れさ。しっかりエナジーを回復しといてくれよ。満タンにたまるまでゆっくり休むこと!いいね?!」
「もう、伊織ったら、子供じゃないんだから、そう念を押さなくても分かってるわ。」
「ダーメ!子供じゃないから言ってるんじゃないかい。麻依の口癖は、もう大丈夫、さ、行きましょ♪だもんね。それで一人で苦労してヒーヒー言ったりするんだから、ダメだよ、そんなの。」
「ヒーヒーなんて言ってないわよ!」
「ダメだね、自分では表情に出してないつもりかもしれないけど、疲労の色がオーラに出るんだって。」
「え?そ、そう?」
「そうだよな、紫鳳?あたい鈍いから最初のうちは気づかなかったけどさ?」
「ええ、そうですよ。微笑んでいらしても、オーラの色が違います。オーラの勢いとでも申しましょうか。」
「そ、そうだった?・・自分じゃ気づかなかったわ。」
苦笑する麻依に伊織は再度釘をうっておくことを忘れなかった。
「ここまで苦労を共にしてきたんだ。気づかないのは麻依だけさ。」
「あら・・・」
「バレバレだからね、しっかり休んでしっかりエナジーを回復しといてくれよ。」
「はい。じゃ、先に休ませていただくわね。」
「ああ、お休み。」
事実麻依の疲労は頂点に達していた。それは、回復の呪文では回復できない疲労。光のエナジーを練り上げる気力の疲労。少しゆったりとした休憩の必要性は、麻依こそがひしひしと感じていたのだが、ここへ入る前では到底そんな悠長な事は言ってられなかった。
伊織の横で、麻依は身体を横たえるとすぐに眠りに入った。
なぜ闇の輩が追いかけて入ってこなかったのか、それはそのエリアが神聖なる創世の聖堂だから、で片づくはずはなかった。
そこへ入る扉も頑丈であり、幾重にも封呪の印がしてあったことから麻依たちは単純にそう思ってしまっていたが、実はそんな単純な理由からではなかった。
いや、神聖だからこそというのであれば、一応理由は合っているとも言えよう。
聖堂は、太古より、夢魔によって守られていたのである。そう、そこは夢を司る聖獣のテリトリー。そこへ足を踏み入れれば、人間であれモンスターであれ、光の者であれ、闇の者であれ、何人も心の奥底に秘められていればいるほど、その秘められた事に囚われ、出口を見失うエリアでもあった。
だから、それを知る闇の輩は追いかけてはこない。たとえ闇の輩と言っても心は無ではない。無に近くても何かある。夢魔にかけらを見つけられたそれは良きにつけ悪しきにつけ増幅され夢となってその持ち主本人に襲ってくる。恐怖か狂喜か狂乱か・・・心の迷宮で道を失い二度と戻れない。それを知っているからだった。
夢魔は、獲物の心の奥底に入り込み、その者の心のトンネルをどこまでも、いくつでも、引き延していく。
それは、時として時空も世界をも越え、その先を現実と結ばせることもある。
終着点のない心のトンネル。夢と現実とが見事に織り込まれる不思議な夢。
その中である者は恐怖に駆られ、死にものぐるいで出口を求め、ある者は懐かしきその夢に喜んで身を任す。
出口はどこにもなく、たった一つあるとすれば、それは、夢を見ている者の『死』。
夢の中、心が死ねば、夢魔は、そこから思いを引き出せない。故に心のトンネルはそれ以上紡げなくなり消滅する。だが、それは、夢を見ていた者の死をも意味していた。
太古からそのときに至るまで、夢魔の紡ぎ出すその夢から死以外の方法によって脱出した者は・・・一人としていない。人間であれ、魔族であれ、およそ夢魔の手にかかった者は、すべからく命を失う。