2006年04月08日

黄金郷アドベンチャー・本章2/その7・心の迷宮

  「え?・・・ちょっと待って・・・・私って、確か聖堂にいたわよね。伊織の横で寝たはずなのに・・・・」
麻依は周囲を見渡す。薄霧が周囲全体を覆い尽くしていたが、そこはついさっきまでの聖堂でないことは明らかだった。そして、すぐ側にいたはずの仲間たちがいない。
「って、そうよ!夢なのよ、きっと!」
ぽん!と手を叩いて麻依は苦笑する。
「場所が場所だからシリアスに考えすぎちゃったのよね。でも、例え夢だとしてもこういうときは闇雲に走り回らない方がいいのよね。視界も良くないから、慎重にいかないと。」
夢だと判断した麻依は、気楽な感覚で歩き始める。
「うーーん、これはどんな夢なのかしら?・・・鬼が出るか邪がでるか?」
そんなことを思いつつ麻依は進んだ。
壁でもあったら手探りで行こうと思った。が、どっちに向いて歩こうとも壁らしき遮るものがなさそうである。目を懲らしつつ方向を変え進んでみても、視野に入るのは、同じ薄霧に包まれた何もない空間があるだけで壁にもぶつからない。
「ともかく目が覚めるまで進めばいいのよね。特に何も起きないみたいだし。」

そうして歩いている内にだだっ広いその空間が、薄霧と濃霧に別れ、ちょうど彼女が歩いているエリアが薄霧で、それを囲んで濃霧がまるで壁のように続いていることに気づく。
「ふ????ん・・・・これって霧の薄いところを歩けって言ってるのかしら?でも、そう言われてはいそうですか、とおとなしくしてる私じゃないのよね。」
呟きながら濃霧の中へ足を踏み入れる麻依。
「え?・・・・なによ、これ?」
と同時に麻依は不服そうな呟きを発する。
それもそのはず、つい今し方濃霧がまるで壁のように立ちこめていたそこが、彼女が足を踏み入れると同時に淡い薄霧になってしまったのである。
「進む道を前に示されているようであり、そうでもない・・ってとこかしら?・・・どうしよう?どっちに行こう?」
苦笑しつつ麻依はしばし立ち止まって考える。
「そうだわ!目に見えるからそう思ってしまうのよ!ここに本当に道があるのかないのか、心で探ればいいのよ!」
麻依はその場に正座し、目をそっと閉じて精神集中してみる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そしておもむろに立ち上がると麻依は確かな足取りで進み始めた。目を閉じたまま。

「感じるわ・・・こっちから、とてもなつかしくすぐにでも飛び込んで行ってしまいたい感じを・・・そして、こっちからも、そのなつかしさが多少違う感じもするけど、行けばきっと楽しいことがあるような・・・こっちもニュアンスは違うけど・・・・」
しばらく歩いくと麻依はそこで立ち止まり自分が感じた方向を向き呟く。もちろん目は未だに閉じたままである。

「そう、そして・・・こっちは・・・・・他とかなり違う感じを受ける。なつかしさもあるけど、それより恐れ?・・・・・行くのが恐い?・・・・・そんな感じ。」
それはまるで麻依の立っている位置から四方八方に道が延びている感覚だった。
「どの道を選ぶべきかしら?それぞれが私に関係ある何かが待っているような気がする。何かが・・・そうね、まるで私の中にある思い出が具現化して道の先で待っているような感じ・・・・」
そして、麻依はその中で、その恐怖を覚えた道を選んだ。
「ほんと天の邪鬼よね、私って。でも、夢だから命に別状ないでしょうし、やっぱりなんと言っても恐いモノ見たさ?」
他人事のように自分のその行動を苦笑しつつ、麻依はその先に恐怖を感じた道をゆっくりと歩いていった。

「え?」
その道を進んでいた麻依は、ふと誰かが呼んでいるような気がして、その気が流れてきた方向を向く。
「・・・・・・声・・じゃないけど、そう、確かにあっちから?」
進もうと思った方向とは違っていたが、麻依は、せっかく呼び声があるのである。その方向へ進んでみることにした。


「なんだ、お主、盲目か?」
「え?」
しばらく歩くと、そんな言葉が不意に耳に飛び、麻依はその言葉にはじかれたように目を開ける。
「久しぶりだ。」
「え?」
「なんだ、分からぬのか?」
「いやだ・・・分からないわけないじゃない!過去生の記憶は全部持ってるのよ?」
「ははは、そうらしいな。」
相変わらずに霧の中、そこに立っていたのは八足の馬、世界最速の神馬。麻依が”舞夢”の生のとき出会い仲良くなり、”ファス”と名付けた馬である。
「どうした?なぜこんなところにいる?」
「なぜって・・・・私だって夢くらい見るわよ。でも・・懐かしいわ、ファス。こんな夢ならいくらでも大歓迎よ♪」
「夢・・だと思っているのか、舞夢・・いや、今は麻依・・だったか?」
「え?夢・・じゃないの?」
「まー、夢といえば、夢だが・・・普通の夢ではない。」
「それ・・どういうこと?」
「お主、どこにいた?」
「どこにいたって?」
「この夢を見る前だ。」
「ああ、そういう意味ね。えっと僧院の地下に深くにある聖堂よ。創世の聖堂と呼ばれてる部屋・・といっても、洞窟と一体化して、普通の部屋じゃなくなってたけど。」
「そうか。やはりな。」
ヒヒヒン♪と愉快そうにファスは一声嘶いた。
「やはりなって?」
「いや、つまりだな・・・・そこには太古から夢魔、というより神獣の夢馬が守っているエリアでな・・」
「え?・・・夢馬?」
「そうだ。許可なく侵入してきた輩を眠りに誘い、その心から弱点となる夢を紡いで、出口のない心の迷宮を創り上げ、その者をその中へ捕らえるのだ。」
「心の・・・迷宮・・・」
「そうだ。創り上げたトンネルのとある先には、甘い思い出を配置し、また他のトンネルの先には、その者が二度と経験したくない思い出を配置する。トンネルの先により異なってくるが、どちらにしろ夢に囚われてしまうことは確かだ。至福の夢を見続けるか、あるいは、これ以上ない苦渋を飲まされ続ける地獄の夢を見続けるか。」
「・・・そんな・・でも、目覚めれば・・」
「心のトンネルは際限なく紡がれる。どこまで行っても終着点はなく、そして、出口もない。来た道を戻ったつもりでも、それはもはや来た道ではなくなっている。確かなのはその者が立っている場所だけだ。1歩動けばそれは後退でなく前進を意味する。」
「私が今、そうだというの?」
ファスはゆっくりと頷いた。
「でも、大丈夫でしょ?私は一人じゃないのよ。仲間たちがいるわ。交代制で見張りをしてるんだから、交代するときには起こしてくれるわ。そうすれば、夢から覚めるわよね?」
ファスはにやっと笑ってから答えた。
「聖堂は、いわば夢馬のゆりかご。どんなに精神を鍛えた者でも、そのゆりかごからは逃げられぬ。遅かれ早かれ睡魔が襲う。交代をと仲間を起こす時もなく。」
「そんな!」
「今頃は全員眠っているのではないか?」
「そんな・・・。」
さすがに麻依も青ざめる。
「あ!でも、ファスは?私が今夢を見てファスに会っているのなら、ファスも・・夢馬の夢に?」
ひひひひん!と再び嘶いてからファスはさも楽しげに答えた。
「夢馬はお遊びが好きでな。きっと久々のおもちゃに嬉々として楽しんでいるのだろうが。」
「そんな勝手に遊ばれても困るわ!」
「ははは、そう睨むな。オレが紡いでるんじゃないぞ?」
「あ・・ごめんなさい、ファス。」
思わずファスを睨んでしまったことを麻依は赤くなって謝る。
「あいつの紡ぐ夢は特殊だ。手の中に納めた者から引き出した夢の先を、その夢の対象となる者の夢と繋ぐ。時と次元を越え心のトンネルはどこまでも延びるのだ。」
「ということは、ファスも夢を見てるのね?でも、ファスは聖堂にいるわけじゃないのね?」
「そうだ。しかし、ここにいることは現実だ。」
「そうよね・・・こうして触れられるし・・・」
そっとファスの背を撫で麻依は確認する。
「出口がないと聞かされてものんきだな。」
「あら、だって、さしあたって危険はなさそうだし・・」
にこりとした麻依にファスは表情を硬くして付け加える。
「お主はまだこうして穏やかな夢を見ているからいいが、もし、これが最悪の夢を見ていたら
、”死”もありうるのだぞ?それは、夢馬の紡ぐ心の迷宮のたった一つの出口とも言われている。」
「え?」
麻依は目を見開いて、ファスの言葉に驚く。
「待って、じゃー・・もしも、仲間の誰かが悪い夢を・・・そう、たとえば、イーガが猛り狂う炎龍の夢でも見ていたら・・・・・」
さっきまでのほほんとしていた麻依の表情が一気にこわばり青ざめる。
「心(魂)が死ぬのだ。心が死んだ肉体はほどなくその機能を停止する。」
「そんな・・・・じゃ、なんとかしてここを脱出して、みんなを起こさないと!」
「それができれば苦労はせぬ。オレがお主を気に入っていることは知っておろう?」
「え、ええ。」
「気に入る者の死を望むものなどいない。」
「でも・・出口がないのよね?このままあなたの夢のテリトリーに入って、あなたの中へ逃げ込むとかは・・・・できないの?」
「はははっ面白いことを言う。」
「そうだな・・・・理論的(理論的か?)には、オレの夢のテリトリーに逃げ込めばいいかもしれんが、夢馬が簡単にはそうはさせまい。」
「そうよねー・・・・太古から聖堂を守る神獣ですももねー・・・・」
しばし考え込む麻依。
「そうだ!」
「何かいい方法があったか?」
目を輝かせ手をぽん!と叩いた麻依をファスはやさしく見つめる。
「夢馬は、常に心のトンネルを紡いでるのよね?先へ先へと。エンドレスでその空間が完成してるんじゃないわよね?」
「ああ、そうだ。常に先は紡がれている。思い出という糸を寄り合わせてな。」
「ね、ファス、こういうのってどうかしら?」
「ん?」
ちょいちょいと耳を貸せというジェスチャーをした麻依の口元に、ファスは自分の耳を傍に寄せる。
「夢馬が紡ぐそのスピードより早く駆けて、迷宮から飛び出しちゃわない?」
「は?」
思いもしなかった麻依の提案にファスは目が点状態。
「あなた世界一俊足の馬よね?神馬とも呼ばれる馬の精霊よね?」
期待に輝く麻依の瞳は、およそ違うとファスに首を振らせることを許可しないといった感じだった。
「はははははははっ!面白い!今までそのようなこと考えついたこともなかった。よし!いいだろう!夢馬の紡ぐスピードより速く駆けてやろうじゃないか!ただし、心のトンネルが途切れたその先がどんな空間なのか責任もたんぞ?」
「ファス!」
麻依はファスの首元にしっかと抱きついて喜ぶ。
「ファスならそう言ってくれると思ったわ!」
「オレもそこまで言われて、あいつの紡ぐスピードに落ちるとは言えぬ。意地でも越えてみせる!」
「あは♪頼もしいわ、ファス!」
「念を押しておくが、その先がどんな空間なのかまでは責任を持たぬぞ?あいつの紡ぐトンネルの先の先だからな、オレの夢の中への逃避というわけにはいかん。」
「ええ・・」
こくりと頷いて麻依は答えた。
「覚悟はできてるわ!もしもそこが、人が呼吸など到底できない異空間だったら、その瞬間に光玉のバリアを張るから。」
「出た途端、オレは自分の夢に強制的に返り、つまり目覚め、そこにはお主市価以内と言うことも考えられるぞ?」
「ええ、覚悟の上よ!」
「相変わらず無鉄砲というか・・・楽しいな、麻依。あいつもそんな調子か?」
「あいつ・・ああ、いっちゃんね。・・・そうよ、二人とも相変わらずだわ♪」
「そうか、では、そうと決まったら早速実行といこう。こうやってお主と話しているのも悪くはないが、仲間が心配だろう。」
「ありがとう、ファス。」
「礼を言うのはまだ早いぞ!無事この夢から出られたら改めて言ってくれ!」
「そうするわ!」
とん!とファスの背に麻依が飛び乗る。
「いくぞ!しっかり捕まっておれよ!」
「オッケーー!」


前足を蹴り上げ、大きく一声嘶くと、ファスは猛スピードで霧状の迷宮を駆け始めた。
どこまでも続き、延び続けているかのような心のトンネルを。

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