2006年04月07日

黄金郷アドベンチャー・序章2/その1・死と宝の迷宮



 「リュフォンヌ、もう行くのか?怪我が治ったばかりだろ?」
「ええ、そうよ。」
「10Fまで降りたんだって?そんな命知らずな事するからだぞ?命からがら逃げてきたっていうじゃないか?そこまで行かなくったって、お宝は結構あんだからさ?どうだ、今日はオレらと一緒に5F辺りまで?」
「ありがと、でも、私・・・」
「一緒に行った奴ら、みんなおだぶつなんだろ?」
「え、ええ・・・・。」
「仲間の弔いってんなら、無理する必要はないさ。死んじまった奴らだってそんな事ぁ望んじゃいねーよ。下へ行く者はみ????んなそれ覚悟で行くんだからな?だからさー、1,2Fじゃろくな宝はなくても5Fまで行きゃー、かなりのものは手に入るんだ。1回潜りゃ1週間は遊んで暮らせるぜ?」
「悪いけど、私は遊んで暮らすお金欲しさに潜るんじゃないの。」
「そんな固いこと言ってるとそのうち誰も相手にしてくれなくなるぞ?だいたい、穴になんか潜らなくったって、あんたほどの美人なら、ちょいと笑いかけりゃ、貢いでくれる男などわんさといるぞ?」

魔火山と呼ばれる山の麓にある小さな町。そこの酒場での光景。
百戦錬磨と思えるほどの傷をあちこちに負った体躯のいい男が、一人の魔法使いらしい女を口説こうとしていた。
真っ黒なローブと対照的に色白のその女は、かなりの美人の部類に入ると思えた。その男だけでなく、酒場にいる男たち全員の視線が注がれているといっても間違いではなかった。
「そういうのは好きじゃないって言ったでしょ?私が欲してるのは、貢いでくれる男じゃなくて、下へ一緒に潜ってくれる仲間よ。腕のたつね?」
きっときつい視線放った彼女は、男に同行する気があるのかどうか、その視線で問う。
「あ、いや・・・・オ、オレは・・付き合っても・・・いいんだが、あ、相棒が・・・」
「そう。じゃ。」
落胆の表情を見せるわけでもなく、リュフォンヌは酒場を後にした。


「いつもの事ね・・・・」
地下20階とも30階とも、いや、無限に続いているとも、地獄の底まで続いていると言われているその地下迷宮。
尽きることがないような山のような宝目当てに、その小さな町には世界各地からありとあらゆる種族、そして、職種の探索者たちで賑わっていた。
その喧騒さで満ちている通りを足早に抜け、リュフォンヌは町の後ろにそびえ立つ火の山へと向かった。



魔の迷宮への入口はその山の中腹付近にあった。
ぼこぼこと沸き立つマグマの見えるそこには、いつの間にかできたのか、お助け小屋と呼ばれるよばれるようになったテントがあった。
そこで多少の食材や武器、薬類の調達ができた。そして、これがお助け小屋と呼ばれるようになった由来なのだが、そこには転移の魔法陣があった。
そう、最悪の場合、地下迷宮から瞬時にしてそこへ転移できるのである。

テントの持ち主は、いわゆる闇屋と呼ばれる職業を糧としている。その為、足下を見る。
強い者にはそれなりに対応するが、弱者と見ると、膨大な価格をふっかけてくることもあった。勿論、転移の魔法陣の利用代金もそうである。しかも先払い。いわゆる保険のようなものだった。しかも1回こっきりなのである。保険がほしければ、潜る度に支払わなくてはならない。

弱みをみせなければ、結構重宝する店であると言えた。
先回の探索で、仲間全滅という最悪の事態に陥りながらも、リュフォンヌが助かったのは、最後の頼みの綱であるその保険のおかげだった。
ただ・・・その魔法が発動し、転移するまでに、不運にも同行した仲間たち全員、魔物から致命的な攻撃を受けてしまっただけなのである。”だけ”と言うには厳しすぎる事実だが、それもまたありなのである。
女性であるリュフォンヌをかばってくれたことが幸いしていたのも事実だった。


「シド・・ゴーヤ・・・レイ・・・」
リュフォンヌは、その時のことを思い出しながら、地下への移動箱に乗っていた。
(今日は10Fまで直行できるかしら?)
自動移動箱のドア(ドアと呼べれるのなら)は一応鉄製の柵でできてはいるが、柵ゆえに、各階においてその傍にいる魔物や探索者は丸見えなのである。
そういうこともあり、10Fまで降りられるそれで、それまでに直通で行ったことはなかった。いつもその途中で助けを求める人の姿と出会い、途中下車してしまうのである。
先回の探索で10Fまでつきあってくれた探索者たちもそうだった。
力を貸したリュフォンヌに、そのお礼としてつきあってくれたのだが・・・結果は最悪だった。

(決して腕がなかったわけじゃないわ。3人とも、かなりの実力の持ち主だった。)
一端は断ったが、しばらく探索してみて彼らの腕ならもしかして行けるかもしれないと判断して、10Fまで降りたのだが・・・。


(今回は・・・・どこまでいけるかしら?・・ううん・・・生きて帰れるのかしら?)
ふとそんな弱気がリュフォンヌの心を過ぎった。

黄金郷アドベンチャー・序章2/その2・精霊王の風穴

 「あれは・・・・?」
動力源は何かの魔力なのか、音もなく下りていく自動移動箱の中。土壁と土壁の間の空間の闇のなかに各階のダンジョンが見える。その5つ目くらいだっただろうか、その闇の中にぼんやりと佇む人影があった。
それは伊織という名の女性。東方の国出身の武闘家だった。
「伊織!」
共に探索したことはなかったが、お助け小屋や町の酒場で顔見知りとなっていた。
男勝りの勝ち気の性格な彼女とは到底思えない様子に、リュフォンヌは思わず自動移動箱の停止スイッチを入れ、その階に躍り出る。
??フシューー!??
「伊織!」
と、リュフォンヌが移動箱から出ると同時だった。巨大な蛇が伊織の背後に広がる闇から躍り出てきた。
「出よ、火炎龍!」
??ゴアッ!・・・キシャーーー!??
もう少しで伊織を頭から飲み込むところだったその巨大蛇は、リュフォンヌの放った炎に包まれ、もがき苦しみ、黒こげになって無惨な姿と化して地に落ちた。

「伊織!大丈夫?」
が、その様子も目に入らなったように、精神が飛んでしまっているかのように彼女は相変わらずうつろな目をしてゆっくりと歩行を続けている。まるで操り人形のように。
??パン!パン!??
場所が場所である。いつまた魔物が襲ってくるかわからない。リュフォンヌは魂の抜け殻のようになっている伊織の両頬を思いっきり叩いた。
??ハッ??
「伊織・・大丈夫?気がついた?」
「あ、あんたは・・・リュフォンヌ・・・?ここは?・・・あ、あたし、どうして一人で?」
ぶたれた頬を抑えようやく正気に戻った伊織にリュフォンヌはほっとする。
「私の方が聞きたいわ。今回はイーガとヨーガは一緒じゃなかったの?」
しばらく伊織は空を見つめ考えていた。

「・・・そう・・だった・・・・・・あたしだけ・・・転送されたんだ・・・。」
「転送された?」
「そう。今回は、あの2人、イーガとヨーガの要望で、魔力と呪術を増やすため、精霊王の風穴に入ったんだ。」
「精霊王の風穴・・。」

それは地下5Fの奥にある風穴のことだった。自動移動箱で下りればまっすぐ10Fまで行けるが、各階はかなりの広さを持っている。ちょうどアリの巣のようにダンジョンは広がっているのである。その中の一つ。この魔宮の魅力の一つでもある、精霊王の宝玉への風穴である。足場が悪く狭いその風穴を抜ければ広い空洞が広がっている。そこに広がっているのは、地下迷宮とは思えないほどの光景。緑の木々と澄んだ水の川そして、花が咲き乱れる草原。
そのどこかに精霊王の祠があると言われていた。そして、そこに祭ってあるその宝玉を触ると魔力が増し、宝玉には、人知れない呪文が映し出されるといわれていた。従って、己の力の増大、そして、術を身につけるため、そこを目的にする魔導師や僧侶も多かった。イーガとヨーガというのは、いつも伊織と一緒に行動している兄弟僧侶である。
が、風穴まで行くのも魔物が犇めいている。そして、無事風穴を通りそこへ出られたとしても、その美しくすがすがしい風景とは裏腹に、やはりそこは、魔物のテリトリーなのである。そして、森から祠があるという草原には、死の荒野とよばれる岩場を通らなければならなかった。そこでは、術の効かない魔物の数が多かった。ゆえに、祠を目的とするのが僧侶や魔導師であっても、伊織のような武闘家や剣士の助力も必要だった。たいていの僧侶や魔導師の直接攻撃など、彼らはものともしないからである。
「リュフォンヌ、お願い!あたしと一緒に風穴へ入って!あと少しで草原だったんだ!」
男勝りで、人に頼み事をしたことのない伊織が、リュフォンヌにすがりつくような瞳で懇願した。
「2人は・・どうしたの?」
「2人は・・・・双頭龍と出会って・・・・」
「双頭龍・・・」
それは岩場にいる龍だった。そこを越える一番の難関でもある。
「滅多に出会わないと聞いてたんだ・・なのに・・奴は不意に襲って来た。草原に出たと目の前の光景に喜んでいたその時に・・・。奴は、呪術だけでなく、あたしの・・あたしのこの拳も・・・ものともしなかったんだ・・・・あたしの拳の技は、奴の前ではまるっきりの無力だったんだ。」
あとは、おそらくイーガとヨーガが最後の呪力を振り絞って伊織だけ飛ばしたのだろうと予想できた。

「イーガ・・ヨーガ・・・」
双子である彼らは、僧侶と魔導師の両方を兼ね備えた力を持っている。彼らの呪力はかなりのものだとリュフォンヌは知っていた。そして、目の前の伊織の技も、決して男にはひけをとってはいない。拳と気功の使い手として、誰しも一目置く実力の持ち主である。
黒髪の兄イーガと銀髪の弟ヨーガ、2人は、一見、やさしそうな風貌からは予想もできないほどの強力な術と魔力を持っていた。



「あたしがいけないんだよ。あたしが・・・・」
「え?」
「実は、2人ともあたしにね・・・こ、こんな男勝りのあたしに・・・・・」
言葉の先を濁らせた伊織。が、その先は言わなくても容易に推理できたリュフォンヌは、こくりと頷く。
「でも、あたしは選べなかった・・・・それでもどうしてもと言ったんだ・・・だから、つい、魔力がある方なんて言っちまったんだ。だから、2人は・・・その理由は言わなかったけどさ・・・急に精霊王の風穴へ行くなんて言ったのは・・行く気になったのは・・・おそらくあたしが原因だと思う。」
「伊織・・・」
「あんたは、一度入ったんだろ?目的地まで行ったんだろ?あんたの底知れない魔力と強力な呪術はそこで身につけたものだって・・・冒険者たちの間じゃ、英雄サーガにまでなってるくらいだからね。だから、最初に会ったときは驚いたさ。あんたみたいに若くてきれいな女だとは思いもしなかった。」
リュフォンヌは、苦笑いを伊織に返す。
「な、頼むよ。あいつらを助け出したいんだ。こんなのって・・後味が悪いなんてもんじゃない。」
「私でいいの?」
リュフォンヌは少しトーンを落とした声音で念を押した。噂を知っているのならそうすべきだったからである。
「ああ、もちろんさ。というより、あんた以上の強力な助っ人を、あたしは知らないしね。」
「わかったわ。でも、怪我を治してからね。」
苦笑いでそれを請け、リュフォンヌは片手を伊織の頭の上に翳した。
「聖獣の吐息よ・・・慈愛の母よ・・・傷ついたこの者にその慈愛を持て癒したもう。」
すうっと伊織の全身にあった傷は消え、疲労感も無くなっていった。
「あ、ありがと。やっぱり違うね。」
「何が?」
「術の効き目っていうのかな?効き方がさ、違うんだ。」
「私は一緒だと思うけど。」
「そうかい?・・あたしには、なんか違うような気がするけどな。」


精霊王の風穴。その奥に広がる一帯も含めて総称でそう呼ばれていたそこへ、リュフォンヌは2年ほど前、仲間と共に入った。
そして、その時だけでなく、今までも、目的を達成してそこからなんとか地上へ戻ったのはリュフォンヌのみ。そんなことから、類い希な魔力を持ち、強力な術を使う魔導師としてリュフォンヌの事は迷宮の膝元の町だけでなく、国外までも噂となって知れ渡っていたのである。・・・仲間殺しの名前と共に。
それは単に彼女が危険地帯と呼ばれる強敵の犇めくエリアへ突き進んでいくからに違いなかった。が・・・彼女以外全員死亡という事が、その時だけでなく幾たびかあったからである。
彼女の力を恐れて、本人の前では絶対に口にしないが、いつのまにかそんな噂も囁かれるようになっていた。もちろん、彼女もそれは耳にしていた。それゆえ、いつしか彼女は一人で探索するようになっていたのである。が、時には捜し物の依頼主が雇った探索者や前回のように噂を気にせず同行する者も稀にあることも事実である。
あえて追記するが、仲間を伴った毎回、全滅するわけでも、その類の危機に合うわけでもない。無事目的を果たし、全員生還する回数の方がうんと多いのは確かである。従ってそのおまけの噂は、彼女への嫉妬や妬みから来ていると思われた。女性としても美人の類である彼女。その噂の発端は振られた男だという噂も、またあった。
ともかく、彼女ただ一人生還というのは、正確には、その精霊王の風穴に入ったときと、前回と、それから風穴に入る前、迷宮の奥にあった未発見の隠し扉の奥にあった自動移動箱を見つけた時だけなのである。その守り手のあまりにも強大さに、強い呪文の必要を感じたリュフォンヌは、腕の立つ仲間を集って風穴へ向かったのである。
そして、その一連の悲劇に一番傷つき、臆病になっているのは、リュフォンヌ彼女自身といってもよかった。だからこそ、彼女は、あえて自分から仲間を募ろうとはしなくなっていた。


「リチャード・・クリフォード・・・バークレー、そして・・ジョナサン・・・」
精霊王の風穴へ向かう途中、リュフォンヌはその時の記憶に思考を飛ばしていた。心の痛みと共にその心の奥深くしまいこんでいた遠い記憶のような、そして、つい昨日のような思い出に。ただし、戦闘中以外ではあるが・・。1、2Fならまだしも、5Fまで下りると、いかにリュフォンヌとは言え、気もそぞろで対峙できる相手ではない。

「なにがなんでも無事に連れ出すわ。大丈夫、2人は死んではいない。私の感がそう言ってる。」
伊織と共に、リュフォンヌは、薄暗い通路をひた走りに走っていた。時間をとってしまう戦闘を極力避けるようにし、襲いかかってくる魔物の攻撃を上手く交わし、その間をぬうようにして駆け抜けていた。

黄金郷アドベンチャー・序章2/その3・魔女リュフォンヌ

 「や????い!や????い!魔女の子や????い!」
風穴を駆け抜けるリュフォンヌの脳裏に、子供の頃の記憶が蘇っていた。
「どうしたんだい、リュフォンヌ。また悪口言われたのか?」
泣いたまま家に帰れば母親が悲しむ。幼子心にもそう思い、家の近くの林の中でうずくまって泣いていたリュフォンヌに、デオンリードがそっと声をかける。
「ディー・・・」
それは同じ村に住むリュフォンヌより3,4才上の少年。冒険家、あるいは、元冒険家の多いその村で、小さな教会の司祭の息子として生まれたデオンリードは、他の少年と違って大人しく、同じ年頃の少年と、野原を駆け回り、冒険家ごっこをするより、じっと本を読んでいることが好きな少し人見知りする少年だった。
そのせいなのか、仲間はずれぎみでもあったデオンリード。子供達からいつもからかわれ虐められているリュフォンヌが気になり、声をかけていた。
前述のように、冒険家崩れの多いその村は、故郷を異にした人々の寄せ集めであり、よほどの悪人出ない限り、歓迎とまでいかないまでも、外から来たものを排除するといった風習はなかったのだが・・・リュフォンヌ母娘は特別だった。
リュフォンヌの母親、アーデノイドは、冒険を共にしたこの村出身のデイクに伴われてここへやってきて落ち着いたのだが、実はある噂があった。それは、アーデノイドの父親は魔族だという噂だった。魔法使いとして冒険者達の間に名を馳せていたアーデノイド。その類い希な魔力と強力な呪文は、その血のせいだと囁かれていた。
リュフォンヌが生まれてすぐにデイクは村を襲った水害の時、急流に流されていた子供を救う代わりに、その命を落としていた。その後、アーデノイドは女手一つでリュフォンヌを育てていたのだが、彼女を魔女だと気味悪がった村人たちの間に立っていたデイクを亡くした摩擦は大きかった。
村外れの小さな小屋で、アーデノイドは愛するデイクの墓を守りつつ、数頭の山羊と薬湯などを作ってひっそりと生計をたてていた。
その魔女の娘であるリュフォンヌは、やはり魔女だ、という暗黙の烙印は、大人達の口からはでないものの、影で囁かれる噂をおもしろ可笑しくからかいのネタにする子供たちの口には当然のようにのぼっていた。

「噂は噂だよ。ぼくは君がどんなにやさしい女の子か知ってる。そして、君の母さんも自分のことより他人の事を思って行動する、やさしくて勇気のある人だって知ってるよ。」
それは、その数年前、流行病が村や辺り一帯を覆ったとき、十分な休養も睡眠もとらず、必至になって薬草をさがし、病に効く薬湯を作り、患者を看病したアーデノイドのことを、神父である父親から聞いていたからとも言えたが、ときどきやはり虐められ沈んでいたリュフォンヌを送っていったときに会うアーデノイドから受けた印象からでもあった。

「ディー・・・あのあなたが、まさかこんな事するなんて思いもしなかったわ。」
こんなこと・・それは、この迷宮を作り上げた本人が、そのやさしかったディー、デオンリードなのである。
同じ年頃の少年の輪の中に入らなかったせいと、やはりリュフォンヌをかばっていたせいもあったのだろうか、いや、その前からとも言えたが、いつの頃からか、そして、年を追うごとに、デオンリードと村の青年たちとの間に壁のようなものができていた。
肝試しや村では恒例になっていた少年グループだけで行く小冒険旅行など、機会がある度に、大人しいデオンリードは、臆病者と罵られるようになった。

そして、数年前、村の青年グループに無理矢理連れ出された迷宮探検の途中、偶然落ちた地の割れ目の底に広がっていた遺跡で、禁断の術書を見つけてしまったのである。後は・・・臆病者とからかい、のけ者にした彼らを見返してやりたい、いや、こんな世界などいっそのこと無くなってしまえばいい、そんな思いがその術書に宿っていた悪魔に増幅されてしまったのか、そう思う一方で、そうするべきじゃないと思いつつ、開いてしまった闇の四聖獣召喚の書。
始めに見つけた死聖鳥召喚術の書から躍り出たその死鳥の魔の瘴気により、デオンリードの心の闇は一層増幅され、世界の混沌を望む闇魔導師が同時に誕生してしまったのである。



「ディー・・私は信じてるわ。あのやさしかったあなたは、心の底まで悪魔になんかなっていない。悪魔に操られてるだけなのよ。」
やさしかったデオンリードの笑顔を思い出しながら、リュフォンヌは呟いていた。なかなか進まない探索にいらつきながらも、それでも、リュフォンヌは、デオンリードに人間としての心を取り戻させようとしていた。たとえ迷宮がどんなに奥深くても、それが、どんなに困難なことでも、そうしなくてはならないと思っていた。
(でも、自分の力に限界を感じた・・・・それで、この風穴を目指したのよ。・・・あの時、私は戻るわけにはいかなかった。引き返そうといった仲間の言葉を無視して突き進んだのはこの私。だから、彼らを殺したのは・・・私・・・魔女と呼ばれてもしかたないのよ・・・。)
後悔と言えばそうだった。彼女にとって世界の崩壊を阻止するという理由より、デオンリードを救いたい、その気持ちの方が大きかった。そして、犇めく強敵に、人間では手にすることができないと思われる魔力と術を欲したのである。
『魔女の子は魔女』・・・彼女の母親アーデノイドは、デオンリードがこの迷宮を作り上げる前に病にかかり亡くなっていた。その臨終の間際、リュフォンヌは、こんなことは聞くべきではないと思いつつ、彼女の祖父のことを聞いてみた。
が、悲しげな微笑みを残したまま、アーデノイドはその事には何も答えずこの世を去った。
『あなたはあなたであればいいのよ。』生前リュフォンヌによく言っていたアーデノイドの言葉を彼女は思いだしていた。それは、母親が自分自身に言っていた言葉だったかもしれないとリュフォンヌは思うようになっていた。
が、思いがけない所で、出生の秘密は暴露されたのである。
それは、とりもなおさず、この精霊王の風穴の奥だった。


仲間全員死亡という大きな犠牲の上で辿り着いた精霊王の祠。彼女自身も精も根も尽き果てていた。
その彼女の耳に精霊王の冷たい言葉が響く。
『ここまで辿り着いた褒美として、魔力と術を与えよう。』
心の底までぞっとするような微笑みを浮かべ、精霊王は続けた。
『ただし、未だかつてその魔力をその身の内に無事宿し仰せた人間はいないが。』
「え?」
思わず精霊王の顔を見上げるリュフォンヌ。
『全ての精霊との誓約の上で得られる魔力なのだ。それがいかに強大なものか、自分のその身で感じるがよい。』
「きゃあっ!」
リュフォンヌの返事を待つまでもなく、精霊王は、全身から放った気をリュフォンヌに飛ばした。
『力への欲求に溺れし愚かな人間よ・・・その脆弱な身を思い知るがいい。・・・その身の死を持って。』

「あ・・あああ・・・・・・」
気の遠くなるような熱さと苦痛だった。
が・・・・永遠に続く地獄の責めというのは、このことなのだろうか、と思えたその極痛の嵐の後、気を失ったリュフォンヌがその意識を取り戻したのは、天国でも地獄でもなかった。

『そうか・・そなた・・・・そうか・・・あやつの・・魔族の血を引いておるのか。』
「え?」
その先を聞きたかった。が、次の瞬間、目の前にいたはずの精霊王も、そして、祠も、まるで幻だったかのように消え失せていた。
リュフォンヌを囲んでいるのは、荒涼とした岩場と、冷たい突風。確かにそこはこの世とも思えない美しい花が咲き乱れていた花園だったはずなのに。

しばらくはただ呆然としていた。が、ふと我に返り、戻り始めたその帰り道、リュフォンヌは自分の新しい力を知る。
敵の出現と共にふと頭に浮かぶ呪文。そして、その強力さ。それは、自分自身でさえ恐ろしいと思ってしまうほどのものでもあった。
最初に出会った地龍との戦い。力加減ができなかった彼女は、周囲の山々ごと地龍を吹き飛ばしていた。


「自分で選んだ道だけど、いつの間にか私は、名実ともに魔女になった・・のよね?」
(それでもデオンリードなら魔女扱いはしないだろう、昔のあの人なら・・・)
少女時代、彼の言葉がどれほどリュフォンヌの心を救ったか、それは彼女自信が一番よく分かっていた。
「今度は私があなたを助ける番なのよ。何があっても、たとえ魔女と呼ばれようとも、仲間殺しと呼ばれようとも、私は進まなくてはならないのよ。」


「行くんだ、リュフォンヌ!ここまで来たからには、必ず手にいれるんだ!・・・あんたならできる!・・・オレたちはもうだめそうだが・・・・・あんたなら。・・・世界を・・・・救ってくれ!・・闇魔導師の野望を絶ってくれ!」
精霊王の祠を前にして倒れた仲間の言葉が、風穴を駆け抜ける突風に乗って切れ切れにリュフォンヌの耳に聞こえていた。まるで数年前に時を遡ったかのようにはっきりと。

「そうね・・・自分で言ってちゃ・・弱気になってちゃいけないわ。わかってくれる人もいるんだから。彼らように、そして、・・・お母さんを愛したお父さんのように。」
もうだめだと諦めかけたあの時の激痛、リュフォンヌは確かに両親が自分を励ます姿を見ていた。

「リュフォンヌ、これからあなたの身に何が起ころうと、そして、何があろうと、母さんと父さんはあなたのことを見守ってるわ。あなたは父さんと私の愛の証。父さんがいたから、私は心まで魔女にならずにすんだ。私は私、そして、あなたはあなた・・・誰の血をひいていようと関係ないわ。自分は自分なの。大丈夫、リュフォンヌなら・・だって父さんの娘なんだもの。」
母、アーデノイドの最後の言葉をリュフォンヌは思い出していた。

黄金郷アドベンチャー・序章2/その4・炎龍の宝玉

 「ああ、その双子の人間でしたら存じております。」
「本当ですか?」
リュフォンヌと伊織は苦労しながらも、なんとか精霊王の風穴に来ていた。
が、そこはリュフォンヌが来た時とは違っていた。
確かに周囲は険しい岩山や荒野に囲まれていた。が、精霊の野と呼ばれるそこは、一面に花が咲き乱れる美しいところだったはずなのである。
が、そこは荒れ果てた土がむき出しになった荒野と変わり果てていた。
リュフォンヌは伊織がここに来たときもそうだったのかどうか、そして原因を彼女に聞いたが、彼女たちは草原を目の前にしたといってもここまでは到達しておらず、イーガとヨーガの事を尋ねるついでに、ようやく探し当てた地の精霊にその事も聞いてみた。
 
「ここは・・・炎の谷に住む炎龍によって焼き尽くされたのです。」
「炎龍に?・・で、でも・・・」
「そう、私たち精霊と決して仲が良かったわけではありません。が・・・友好関係は保っておりました。」
「それが・・なぜ?」
「全ては人間のせいなのです。」
「人間・・・ここへ足を踏み入れた人間が・・何かしたんですか?」
「そうです。炎龍の・・・炎龍が光り輝くものを好むということはご存じですね?」
「え、ええ。」
2人はこくんと頷く。
「ここは時が止まっている空間。私には人間界の年月は分かりません。少し前、ここに来た人間たちが、巣を留守にしていた炎龍の宝玉を持ち出したのです。」
「そ、そんな!?そんなことをすれば?」
「そうです。炎龍は怒り狂いました。・・・その結果がこの有様です。」
「その人間は?」
地の精霊は悲しそうに首を振った。
「恐らく宝玉を持って風穴を出たのだと思われます。炎龍は結構長く留守にしてました。」
「それで・・・その人間たちの変わりに、炎龍の怒りが精霊の野に?」
「そういうことになるでしょう。」
以前会ったときは暖かい微笑みだった地の精霊が、氷のような固く冷たい表情をしている理由が、リュフォンヌにはようやくわかった。荒れ果てた野だけではここまで冷たくはならないと彼女は思ったからだった。
「で・・・イーガとヨーガは?」
「2人は・・・今少しで双頭龍に引き裂かれるところでした。そこを・・・ちょうどその上空を通りかかった炎龍が、2人が最後の術を繰り出そうと集中してできたそのオーラを勘違いしたのでしょう。」
「オーラを?」
「はい。私は地の精霊。この地が繋がっているところなら、全て見通すことができます。あれは・・あの輝きは本当にきれいでした。」
「輝き・・ってまさか?」
地の精霊はリュフォンヌにゆっくりと頷いた。
「ほとんどの宝玉を持ち去られた炎龍にとって、その輝きは宝玉以外の何ものでもなかったのです。」
「そ、それでは、イーガとヨーガは?」
真っ青な顔で伊織が叫ぶ。
「双頭龍に引き裂かれるよりは良かったかもしれません。ですが・・・」
「ですが?」
「一瞬の事です。急降下した炎龍は口から炎、そして、常に右手に持っている宝玉から冷光線を2人に放ちました。」
「そ、そんな・・・」
「その両方を同時に受けた2人は、ジェムストーン(宝石花)となっておりました。」
「ジェムストーン?」
「美しい輝きだったオーラ、そのオーラの輝きを持つ宝石の中に、そうですね、ちょうど氷付けにされた状態と言えば、分かるでしょう。そんな感じの宝石花になっておりました。」
「ジェムストーン・・・。」
「一つは双頭龍の手元に、そして今ひとつは炎龍の手元にあるはずです。」
がっくりと伊織はその場に崩れた。
「伊織・・・・」
その伊織にかける言葉もみつからず、リュフォンヌはしばらく彼女を見つめていたあと、はっと思いついたように、数歩移動して直立した。
「風は前と同じだわ。精霊の息吹を感じる。やさしさを。」
そう感じたリュフォンヌは目を閉じ、意識を集中する。
「風よ・・・風精よ・・・女神の息吹よ・・・・・・この地が再び蘇る意思があるのなら・・・ここへ運んできてちょうだい。・・・・緑の精霊、・・・花々の乙女(精霊)たち・・・・私の声が聞こえるのなら応えて・・・・この地に再び緑と色とりどりの花冠で覆ってちょうだい。」
かっと目を開け、リュフォンヌは杖を高く掲げて叫ぶ。
「・・・・風よ、我が声をかの地、精霊界までも運ばん・・・我が声よ、我が意志よ・・・・風に乗ってとべ・・・・美しき我が友、憩いと癒しをもたらす緑の女神の元まで・・・。」

さ????っと一陣の風がリュフォンヌの周りを足下から吹き上がった。
その風はリュフォンヌの身体に巻き付くかのように旋回して吹き上がり、それは天まで昇っていった。

「え?」
数秒後、辺りに暖かく優しい風がその地を撫でる。
「こ、これは?」
腰をおとし、がっくりと前屈みになっていた伊織はその様子を唖然として見つめる。
地面すれすれに這うようにやさしくゆっくりと吹く風。
その風に合わせて、ゆっくりとそこに引き詰められていく花の絨毯。
「あ・・・・」



「す・・・すごい・・・・・」
悲しみも絶望も忘れ、伊織は周囲の景色に心を奪われていた。

「リュフォンヌ・・さすが我らが王の目に叶った人間だけある。」
地の精霊の言葉に、リュフォンヌはにこっと軽く笑って応えた。

「いいでしょう。リュフォンヌの心づくしに応え、今一つ情報を教えましょう。」
「今一つ?」
地の精霊は伊織ににっこりと笑って続けた。
「彼らは確かにジェムストーンにされました。でも、死んではおりません。」
「え?」
「それは本当なの?」
伊織も、そしてリュフォンヌもその言葉に驚く。
「そう・・・私には彼らの鼓動が聞こえます。そうですね、ちょうど冬眠状態といったらいいのでしょうか。命が消滅してしまっては、美しい輝きも失われます。そのことは、炎龍も分かっていたようです。」
「じ、じゃー・・・ジェムストーンになった2人を返してもらえれれば?」
伊織の問いに、地の精霊は、少し悲しそうに答えた。
「彼らは誇り高き龍族。しかもそれぞれが暴れ龍の烙印を押され、一族の故郷から追われたはぐれ龍。そして、何より人間を憎んでおります。彼らが素直に頼みを聞くとは思われません。というより、会って話を聞いてくれるのかどうかも・・・。」
「それでも・・それでもあたしは行かなくちゃいけないんだよっ!」
「あなたに無事であってほしい。それがあの2人の希望でもですか?」
はっとした表情で伊織は地の精霊を見つめた。
「・・・・ダメだよ・・・・そんなのダメだ・・あたしだけ助かったって・・・助かったって嬉しいわけないじゃないか?・・・そんなの・・そんなのあたしはイヤだ!」
泣き叫ぶように言ってから、伊織はリュフォンヌを見た。
「お願いだよ、リュフォンヌ。力になってくれよ。ここまで来たんだから・・お願い・・・」
「伊織。」
差し出された伊織の両手をリュフォンヌはそっと握りしめた。
「私で力になれるのなら。」
「あ、ありがと・・・・。恩にきるよ。2人を助けることができたら、あたし、一生あんたの奴隷になってもいい。」
ふっと笑ってリュフォンヌは少し表情を固くした。
「ダメよ、伊織。そんなこと言っては!ここは精霊の園。軽く口にした言葉でも、それは絶対な誓いになってしまうわ。」
「あ・・あたし、それでもかまわないよ!」
リュフォンヌは伊織の唇に、自分の人差し指を当てる。
「ダメ!あなたは私の友達。そして、イーガとヨーガを助ける為の大切な仲間。それで十分よ。」
「リュフォンヌ・・・・」
「いいわね?」
「う、うん。」
素直に頷いた伊織にリュフォンヌはにこっと笑ってから、地の精霊を見つめた。
「よろしいでしょう。あなたたち2人の誓いはこの地に今いる全ての精霊によって聞き届けられました。炎龍にお会いなさい。炎の谷間にお行きなさい。全てはそこから始まります。炎龍が話を聞くか、それとも、その炎で焼き殺そうとするか・・それは分かりませんが・・・。」
右手で遠くの1点を指し示して言った地の精霊に会わせるようにして、園の草花は、2人の前に道を空けた。
「ありがとう。」


「幸運を、我らが友よ。」
安堵の中に、厳しい表情で、その道を歩き始めたリュフォンヌと伊織の背を、地の精霊の言葉がやさしく押し、さ????っと一陣の風が花の香りを乗せて2人を見送った。

黄金郷アドベンチャー・序章2/その5・さびた王冠

 ??カランカランカラン・・・??
「あれ?今何か足で飛ばした?」
岩場を進むリュフォンヌと伊織。
何かを足で蹴飛ばした気がして伊織はごつごつしたその斜面に目をおとした。
「ん?・・なんだ・・・・王冠か?さびさびじゃない?」
自然の浸食によりさびてぼろぼろになった王冠が転がっていた。
「こんなの1文の価値もありゃしない!」
ぽん!改めて?蹴り飛ばす伊織。



??コン!・・カラン、カラン・・・??
「いったいな??・・・・」
「え?」
子供のような小さな声がして、リュフォンヌと伊織は一瞬顔を見合わせ、そして、声のした方、蹴飛ばした王冠が転がっていった方へ近づいた。
「お前・・・・」
さびた王冠の中央が淡く光っていた。
「もしかして、この王冠は法力が練り込まれたものなの?・・・お前は、王冠の精?」
そっと拾ってリュフォンヌはその淡い光に話しかける。今にも消えそうな淡い光に。
「え?・・ぼ、ぼくの言葉が聞こえるの?」
嬉しそうな声が聞こえ、それと共に光がほんの少し強くなった。
「リュフォンヌ?」
「ああ・・・伊織にはやっぱり聞こえない?そうね、弱まりすぎてるから・・・ちょっと待って。」
小さく呪文を唱えるとリュフォンヌは、開いている手のひらに淡い精神球を作り出し、それを王冠の光に近づけた。
「さあ、これを吸収しなさい。」
ぽわーーと嬉しそうに輝くと、王冠の光と精神球は一つに合わさった。
「あ、ありがとうございます。」
「あ!あたしにも聞こえたわ!」
嬉しそうに言った伊織に、リュフォンヌはにこっと笑顔を見せる。
「子供のような声だけど、光しか見えないわ。リュフォンヌには見えるの?」
「ううん。私に見えるのも光だけよ。」
「すみません・・・力を失ってしまって、象る事ができないのです。」
「なるほどねー。まー、これだけさびついてぼろぼろじゃーねー?」
「お願いです。ぼくを炎龍のところへ連れていってください。」
「え?炎龍?」
リュフォンヌと伊織は顔を見合わせた。
「炎龍のところへ行けば、ぼくについていた恋人たちに会えるはずなのです。」
「恋人たち?」
「はい。人間達は宝石と呼んでるようです。光輝くいろいろな色の透明から半透明の石のことです。」
「ふ????ん・・・ところどころに開いてるこの穴って、ひょっとしてその宝石が填っていたのかい?」
「はい、そうです。お願いです。悪い人間から炎龍のところから盗まれて、彼女たちはばらばらに分けられてしまいました。それまで黄金に光っていたぼくも本当は彼らのうちの一人の手に渡るはずだったのですが・・・宝石を全部取ったらこんなになってしまったので・・・・。」
「まー・・ねー・・・・これじゃねー?するってーとなにかい?あんた、黄金の王冠だったってのかい?」
「ええ、そうです。でも、彼女たちがいないとダメなんです。」
伊織はリュフォンヌの手に収まっている王冠のあちこちを見ながら、冠の精と話していた。
「ふ????ん・・・自力じゃ光れないわけか。」
「恋する王冠と呼ばれていたぼくは・・・恋人が一緒にいて初めて輝くことができるのです。」
「ふ??????ん・・・・・でもさ、炎龍のところへ帰っても宝石はないんだろ?」
「そうですね・・・もし1つでも宝石が残っているのなら、炎龍はぼくを探してくれるはずです。たとえさびた状態でも、見つけてくれるはずです。彼女たちもぼくという王冠があってこそ、より一層その輝きを増すことができるのですから。」
「ふ????ん、そういう関係なのかい。だけど、あたしたちと行って炎龍が歓迎してくれるとは限らないよ。」
「大丈夫です。炎龍は人間嫌いですが、ぼくを見せれば話くらいは聞いてくれるはずです。」
「あんたは人間嫌いじゃないのかい?」
「ぼくは・・・・炎龍の元へ来る前に、いろいろな人間や他の種族の手に渡りました。だから、知ってます。いい人もいれば、悪人もいる。」
「なるほどねー。でも、そう言うってことは、さしあたってあたしたちは、いい人に入ってるってことかい?」
「そうですね・・・蹴飛ばされはしましたけど・・悪意は感じませんので。」
「はははっ!正直だね、あんた。」


生死をかけた戦いを覚悟していた。いや、できるなら平穏に話し合いたい気持ちの方が大きいが・・・相手がはぐれ龍の凶暴な炎龍では無理だろうと思っていたリュフォンヌと伊織は、その偶然の出会いを喜んだ。そして、王冠の精もまたそれを喜んだ。


『ふむ・・・お気に入りだった王冠を拾い、届けてくれたのは嬉しいが・・・』
幸いにも夢見良く目覚めたばかりの炎龍が上機嫌だったおかげで戦闘にもならず、リュフォンヌが話す前に、炎龍の方がその手にあった王冠を見つけて、穏やかな会見となった。

『私はこのジェムストーンが気に入っている。宝石を失くした王冠とは比べものにならないほど美しい。』
「イーガ!」
炎龍が指さした岩棚に飾ってあったそれに慌てて駆け寄ろうとした伊織を、リュフォンヌは制する。
「だってリュフォンヌ!」
「だめよ!今近づいては友好状態は一瞬にして白紙に戻るわ。」
リュフォンヌの言葉に、伊織はしぶしぶその足を止める。
「お願い、炎龍、その人は私たちの大切な仲間なの。」
『そんな事は知らぬ!』
目的がそれだと知って、炎龍は警戒して吼えた。
「お願いだよ!返してくれたら・・元に戻してくれたら、どんなことでもするから!」
「伊織!」
高ぶった感情のまま思わず叫んだ伊織の言葉にびくっとしてリュフォンヌが叫ぶ。[どんなことでもする]それは危険な言葉だった。
『なるほど、どんなことでも・・・か?』
が、不適な笑みを浮かべ、炎龍はすかさずその言葉を反芻した。
『お前が代わりにジェムストーンになるか?』
「あ・・ああ、いいよ!」
「ダメっ!」
「だけど・・・」
「ダメよっ!あなたはよくても今度はイーガが・・・」
「あ・・・じゃ、どうすればいい?・・・あたしは・・どうすれば?」
伊織の両目から涙が溢れ、頬を伝い始める。
「あたし・・・・」
そのまま地面にがっくりと肩を落とした伊織をしばらく見つめていたリュフォンヌは、ぎゅっと唇を噛み、そして炎龍を見上げた。
「変わりにジェムストーンになるのは簡単だわ。だけど、今あなたの手元にあるものと同じ輝きを放つかどうかわからない。」
『そうだな。』
「あなたは、それ以下では気に入らないはずよ。」
『そうだ。』
「教えて!その王冠に宝石がはまっていた時と、そのジェムストーンとどちらがお気に入りなの?」
『そうだな・・・』
目を閉じ、しばらく考えてから炎龍は答えた。
『この人間は純粋な心を持っておる。迷宮を徘徊する奴らとしては珍しい。故にその輝きが珍しくて手元に置いたのだが・・・恋する王冠は、石を填める位置を替えれば様々な輝きをみせてくれ、私を楽しませてくれる。そして・・』
「そして?」
『いや・・・まー、それはよい。しかし・・・』
何か意味ありげな笑みをみせ、炎龍は続けた。
『リュフォンヌとか言ったな。』
「ええ。」
『お前の輝きは・・・これ以上楽しませてくれるように思えるのだが?』
びくっとして伊織はリュフォンヌを見上げ、リュフォンヌはぐっと唇をかみしめたまま炎龍と見合っていた。
「私は・・・目的がなければそれでもかまわない。私には必要としてくれる人などいないから・・。」
「リュフォンヌ!」
慌てて伊織は立ち上がってリュフォンヌの肩を掴む。
「ダメ!あたしの為になんて!」
ふっと笑ってリュフォンヌは、自分の両肩を痛いくらいに掴んでいる伊織の手をそっと外させた。
「大丈夫。言ったでしょ?目的がなければ、って。」
「でも・・・」
「炎龍・・・」
伊織から再び炎龍に視線を向けて彼女は続ける。
「知らないとは言わせないわ。今の世界のこの状況。」
『魔の四神獣の復活か?』
ゆっくりとリュフォンヌは頷いた。
『私には関係ない。世界が魔に覆われようと破壊されしつくされようと、影響はない。』
「そうね。あなたにはそうでしょう。でも、私はそうはいかないのよ。」
『だから?』
「だから・・・そうね、それを阻止できてからなら・・」
『そうだな。阻止出来てからならいいが、そんな出来るか出来ぬか分からないような先の事を条件に、今元に戻せというのでは聞けぬ。』
せっかく穏やかに話すことができたのに、やはり戦うしか方法はないのか、とリュフォンヌが杖をぐっと握りしめたときだった。

『なんだ?』
炎龍の目の前にあのさびた王冠が淡い光を放って浮いていた。
『ふ????む・・それもそうだな。』
炎龍と冠の精は何か話し合っていたようだった。

『いいだろう。この者は人間に戻してやろう。』
「え?」
しばらくして言った炎龍の言葉に目を輝かすリュフォンヌと伊織。
『だが、条件がある。』
ごくん、と唾を飲み込み、リュフォンヌは聞く。どれほど難題をつきつけられるのかと思いながら。
『この王冠に填っていた宝石全てを、盗人どもから取り戻す事。そして・・』
「そして?」
『王冠のように輝きを変えて私の目を楽しませてくれるような器用さはこれにはない。実は少し飽きてきていてな。』
「で?」
『元が変われば石の色も変わる。』
にたっと笑った炎龍とは反対に、リュフォンヌと伊織は、緊張する。
『ここから出るには、強力な魔力を持つお前でないと無理だろう。』
リュフォンヌにそう言ってから、炎龍は伊織を見下ろす。
『聞けば、お前を逃がす為に、この者ともう一人の者は力を使い切ったそうではないか?』
今一度ぐっと力を入れ握りしめた伊織の拳は震えていた。
『恋の王冠が私の手元に戻るまで、お前が私の目を楽しませてくれればよい。』
「あ、ああ・・あたしは・・いいよ。」
声色を殺した口調で伊織は自分のその言葉をかみしめるようにいった。
「待って!わざわざ伊織と替えなくても!」
『ダメだ。少しこれに飽きてきたところだと言った。』
「飽きたのならもういらないでしょ?」
『替わる物がなければ、手放す気はない。それに・・』
「それに?」
『この条件を飲みさえすれば、双頭龍の手元にある今一つのジェムストーンも元に戻してやってもいいのだぞ?』
「双頭龍は承知するの?」
『ふふん・・・あいつに美しい物を愛でるなどという高尚な趣味などあるわけがない。光り物を集める趣味はあるが、その美しさ、良さがわかってではなく、ただ輝いていればいいだけなのだ。あいつの獲物を横取りするようで後味が悪かったから、一応渡したまでだ。おそらく今頃巣の片隅に転がっているだろう。』
「でも、無くなれば気づくんじゃないの?」
『ふん・・・迷宮にでも転がっている人間の死体でも1つ転がしておけば、寿命が来たかと諦めるだろう。大サービスでそれは私がやってやろうではないか。』
「炎龍・・・・」
「あ、あたしはその条件でいいよ。そうだろ?集めて来れるよね、リュフォンヌなら・・ね?」
「え、ええ・・・それはもちろん、どんなことをしてでも集めてくるわ。でも、どんな宝石が填っていたのか分からないと・・・。」
『それは、この王冠を持っていくがよい。同じ宝石は世界にいくつもある。が、この王冠と呼応する宝石は限られておる。』
炎龍はさびた王冠をリュフォンヌの手の中へと下ろした。
『そして、この者をジェムストーンから元へ戻す条件は・・』
「え?」
「炎龍!王冠の宝石を見つけることで、伊織を戻す事も入ってるんじゃないの?」
にやりとして炎龍はいかにも楽しそうに言った。
『大サービスで、元に戻した男のどちらか一人でもいい、そのままこの女の事を想い続けていたら戻してやろう。』
「そんな!」
『全ての宝石を探し当てるのにどれほどかかるのかわからないのだろう。すぐかもしれないし、数年かかるかもしれない。』
「それは・・・・」
『その間、男に心変わりがないかどうか心配する心の変化が、ジェムストーンの輝きの色を変える。』
「面白がってるわね、炎龍?」
きっとリュフォンヌは怒りの目で炎龍を睨む。
『それがどうした?唯一の楽しみを奪われたのはこの私なのだぞ?』
「でも!」
「いいの!リュフォンヌ、いいのよ!」
くってかかろうとしたリュフォンヌを止め、伊織は炎龍をきっと見上げる。
「あたしはその条件でいいわ。あたしは・・・そう、大丈夫・・イーガとヨーガなら・・・彼らの純真さは・・・・」
そう断言しつつ、伊織はふと不安を感じてリュフォンヌに一瞬視線を流した。
一緒に旅するのは美人と評判のリュフォンヌ。彼女にその気はないにしても、ひょっとしたら、と伊織はふと思ってしまっていた。
男勝りの彼女。腕には自信があったが、女性としての魅力という点については、どちらかというとまるっきりないかもしれないという引け目を感じていた。
事実、顔立ちは伊織も美人の部類に入ると思われたが、その鍛え抜かれた身体と乱暴とも聞こえる男のような話し言葉で、誰しも尻込みしてしまう。

『契約はなされた。行くがよい。全ての宝石を見つけだせ。』

??カーッ!??
眩い閃光が周囲を覆った。
「伊織っ!」
まだ話し合いは終わってない!伊織をその手で掴もうとしたリュフォンヌはそのまばゆさで、彼女の位置が分からず空を掴む。
次の瞬間、リュフォンヌは風穴内の荒野に立っている自分に気づく。
唖然として周囲を見回しているイーガとヨーガがそこにいた。


「貴様っ!よくも伊織を犠牲にしたなっ!」
「よせっ!ヨーガっ!」
「離せっ!イーガっ!こいつは・・こいつは人間じゃないっ!魔女なんだ!魔の手先だっ!伊織を・・伊織をあんな怪物のところへ置いてこやがって!」
「ヨーガ!だから、オレたちは宝石を探しに行くんじゃないか?!」
「どうしてこんな女の味方するんだ、イーガ?!まさか、こいつに・・こいつに惚れでもしたのか?術でもかけられてしまったのか?」

事情を説明したリュフォンヌに掴みかかるヨーガとそれを必至になって静止しようとするイーガ。

宝石探しの旅は、早くも前途多難の影を色濃く落としていた。

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