2006年04月07日

黄金郷アドベンチャー・序章3/その1・翠玉の巫女

 森深き山々に囲まれた盆地に小さな村があった。
そこは自然と通じ、神秘な神通力を持つ巫女の村として、世に知る人は知る場所であり、一族だった。
ただ、その力故、閉鎖的でもあった一族は、その神通力を頼って訪れる者の出入り以外、滅多なことでその村から出ることはなかった。
しかし、世の流れ、交通の発達により、困難だったその村への到達が容易にできるようになり始めると同時に、村も、そして、一族も変わりつつあった。

が、代々村長(むらおさ)でもある族長直系の巫女長(みこおさ)に対する尊敬と畏怖の念は変わらず人々に継承されていた。その巫力は、一族の中でも群を抜いて秀でたものであった。


緑柱石・・翠玉、あるいはエメラルドとも呼ばれる宝玉の鉱床があるその地方。村人である坑夫が新たな鉱床を発見したその日は、奇しくも20年来子宝に恵まれなかった巫女長の出産の日と重なり、村人はようやく得た後継者誕生を祝って、掘り出した翠玉のなかからもっとも純度が高いものを選んで、大きな原石のまま、その祝いに献上した。

陽の反射により少し青みがかかった緑色を放つ特大の緑柱石。
巫女長が、生まれたばかりの幼子にそれを見せると、それまで火がついたように泣き続けていたその子が、不思議なことにすっと泣きやんで手を差し伸べたことから、その子供はいつしか翠玉の巫女と呼ばれるようになった。
翠玉の巫女。それは、ただ単にその事だけではなく、成長した彼女が、その時村人から献上された緑柱石の中に、様々な物を見るようになったからである。それは予知であったり、過去であったり、つまり、彼女にとってそれは、占術師が使う魔法の水晶の役目を担っていた。

麻依と名付けられたその少女は、巫女長をはじめ、村人たちの慈愛と、豊かな自然の中ですくすくと育っていった。




 その日は、麻依の15歳の誕生日。巫女長である母に呼ばれ、麻依は神降りの滝の社へ足を運んだ。
「母巫女様、何か?」
「麻依、こちらへお座りなさい。」
「はい。」

しばらく2人は向かい合って見つめ合っていた。
静寂さの中に滝の音だけが周囲に響き渡る。

「今日でそなたも15歳。」
「はい。」
麻依を見つめていた真剣な表情を崩し、巫女長は笑顔を向ける。
「そなたにはいつも感心しております。巫女長である私の娘とはいえ、少しは自由な時間を欲するのが人の常ですのに、幼い頃より、周りが感心するほど熱心に巫女修業をし、己を鍛錬してこられました。この私でさえ、幼き頃は、他の村の子供たちのように遊び回りたいと思っておりましたに。」
「母巫女様が?」
巫女長は軽く苦笑しながら頷く。
「そなたは、いつも何かに急かされてでもいるようでしたが・・・・」
「あ、いえ・・・でも・・そうですね、確かに、早く一人前にならなくては、と思い、修業に励んできたような感じを受けます。」
「一体何がそなたをそう急がせるのか、分かりますか?」
「あ、いえ・・・。」

「そろそろお渡ししてもいいでしょう。」
「え?渡すとは、何を?」
にっこりと笑い、巫女長は傍らに置いてあった小箱を開け、中から何かを取りだして麻依に差し出す。
「これを。」
「これは?」
それは、小さなエメラルドだった。指輪に填める石として加工されたような形だった。
「そなたはこの石をその小さな右手にしっかりと握りしめ、生まれてきました。」
「え?」
「考えられるのは、前世のそなた、あるいは、そなたに深く関わった誰かが、死に逝くそなたに持たせたのでしょう。深く強い想いが石から読み取れます。」
「母巫女様?」
「そなたが何かに急かされるような感じを受ける理由は、おそらくこの石を手に取ればわかるでしょう。」
石を受け取ろうと差し出していた麻依の手が小刻みに震える。
「今のそなたなら石に留まっている想いに流されることもないはず。」
「え?」
「今までそなたにこのことを話さなかったのは、不安だったからです。精神的に成長が足らないままのそなたに渡し、前世の想いのみに囚われてしまうような事になってしまいはしないかと・・そなたがそなたでなくなったらどうしようかと、母は不安で・・・。」
「母巫女様・・」
「ですが、もう大丈夫でしょう。おそらく無意識のうちにそなたを急がせたのは、この石を、前世の想いを早く受け止めるため、思い出すためなのでしょう。」
受け取りなさい、と促され、麻依は未だ震える手で、そっと巫女長の手のひらにあるその小さな石を手にする。
「あ・・・・・・」
その瞬間、石から想いが溢れ、麻依の中に勢いよく流れ込む。
「わ、私・・・・・」
思わず両手でその小さな石をぎゅっと握りしめる。
熱い想いが、心が張り裂けそうで痛みを感じるほどの想いが、麻依の中でよみがえる。
「いっちゃん・・・・」
巫女長は、そんな麻依を今一度温かい笑顔で見つめると、一人そっとそこから立ち去った。


「それで、神獣を探しに奥へ入られると?しかも時操の神獣を。」
「はい、母巫女様。ぜひご許可願いたくお願いにあがりました。」
神降りの滝の社から戻った麻依は、巫女長の社に母巫女を訪ねていた。
「すぐに帰ると約したのです。ですから、別れという別れの時ももたずに・・・」
麻依は前世の最後のときの事とその約束のこと、そして、いっきゅうの事を、簡略に巫女長に話した。
「時操の神獣に、過去に連れて行ってもらおうと?前世のそなたが亡くなったすぐ後に?」
「はい。今山を下りて会いに行くことも可能だとは思いますが、でも・・・すぐ帰るという私の言葉は・・それでは、約束を果たしたことにはなりません。」
「それでも、それほどの相手ならば、きっと待っていてくれると思うのですが、それでは、そなたの気がすまないのですね。」
麻依は真剣な瞳のまま頷いた。

その麻依を、巫女長はしばらくじっと見つめていた。
「いいでしょう。許可しましょう。」
「母巫女様。」
不安げだった麻依の顔がぱっと明るく輝く。
「この地の巫女は、独り立ちのための最後の修業として、神山に入り、己だけの神獣と出会い、それを連れ帰ることで初めて一人前と認められます。本来ならば成人(この地での成人は18歳をさす)まで巫女としての修業を積み、心身共に十分な成長を認めてから、神山に行かせるのですが・・・そなたならば、もう大丈夫でしょう。巫女の最後の修業となる神獣探しの旅、行っておいでなされませ。」
「ありがとうございます、母巫女様。」


「麻依」
「はい。」
「これだけは忘れないでおられよ。前世の想いがあろうとも、そなたは、私の大切な娘です。心から愛しく思う私のかけがえのない娘なのですよ。」
「はい。」
微笑みながら麻依はしっかりと頷く。
「気を付けて行くのですよ。決して急いではなりません。迷う時は、自然の声に耳をすませなさい。己を無にし、周囲の声を聞き、気を感じとりなさい。さすれば自ずと進むべき道が見えてきます。」
「はい、母巫女様。行ってまいります。」

黄金郷アドベンチャー・序章3/その2・時操の神獣

 神山に入る前に、麻依は神降りの滝に数時間打たれ、身を清めた。
そして、白装束に身を包み、麻糸で編んだわらじを履き、杖となる麝香の木の枝を手にし、少量の非常用としての乾燥食と山登りに必要な装備を入れた背負い子を背負い、出発した。
道という道はどこにもない。ただひたすら草木の生い茂った急な斜面を上がっていく。
奥へ奥へと入っていく。


神山へ入ってから1週間が経っていた。
鬱蒼とからみつくように茂っている樹木の間から僅かに見れる空。太陽と星を頼りに麻依は進む。樹木が途切れた山頂付近にあるという氷結洞を求めてひたすら進む。
その氷結洞を通り抜け、クレーター部分に出るのである。
そこは周囲を切り立った絶壁で囲まれ、絶対不可侵とされている神山の中で最も神聖な領域である。
時の止まったようなそこは、常に薄もやで覆われている。
そこには空を映す澄みきった水を湛えた池がある。そこに神獣は水を飲みにくると言われていた。


「ここまで無事来られたけど・・・・」
真っ青な青空を映している真っ青な湖。
ようやくたどり着くことができたそのその湖の淵。
が、周囲を見渡しても神獣どころか、小動物さえいない。
静まりかえったそこには、湖面を翔てくるやさしい風以外何もないようだった。

しばらくその風景を見つめていた麻依は、背負子を降ろすと静かにその淵に正座した。
そして両手に一つずつ翠玉を握ると、その姿勢のまま自分の両横
の地に親指と人差し指を付け、瞑想状態へと入る。
そうすることによって、翠玉を通し、地の声を、自然の声を感じ取ることができるのである。


ゆっくりと時が過ぎていった。
麻依はまるでその風景の一つに溶け込んだかのようにじっと座り続け、誰とはなしに呼び続けていた。
自分の存在を感じ応えてくれる存在に、全身全霊で呼びかけ続けていた。

「あら?」
ふと麻依は自分の顔に冷たい何かが触れたような気がしてそっと目を開けた。
「雪?・・・・・こんな季節に・・雪が?」
見上げると空から真っ白な雪が舞い降りてきていた。
思わず麻依は手にしていた翠玉を膝の上に置くと、両手を合わせて雪を受ける。
綿毛のようなその雪は、麻依の体温ですうっと溶けていく。
「これじゃいつまでこうしていたって手に中には溜まらないわよね。」
それでもいつのまにか彼女の周囲はうっすらと雪化粧がほどこされていた。
「いくら神山だといっても、こんな夏に雪が見られるなんて思ってもみなかったわ。」
牡丹雪が粉雪に変わってきていた。岩陰にでも身を寄せようと、立ち上がろうとした麻依は、立ち上がりざま、草の上に積もった雪に滑って転ぶ。
「きゃっ・・」
思わず手をついたその手は、ちょうどそこに鋭い角を持つ石でもあったのか、血がにじみ出ていた。
(あらら・・・ここまで来るのにあちこち傷だらけになっちゃって、これよりひどい傷もあちこちあるから、このくらいどうということもないけど、まさかここで手のひらを切るとは思わなかったわ。)
傷口を洗うため、麻依は湖の水を傷ついてない方の手ですくい、血を流した水が、湖の中へ流れ込まない位置で傷口にかける。
傷口を洗い流し終わり、そこにしゃがみ込んで背負子の中から布を取り出そうと手探っている麻依の背中をぽんぽんと軽く叩くものがいた。
「え?」
振り向いたそこに真っ白な猫がいた。
(ね、猫?・・・さっきまで動物の気なんてなかったのに・・・)
そう思いつつ麻依は、その猫の頭を撫でようとそっと手を差し出す。
「猫ちゃん、どこから来たの?ひょっとして神様のお使い?名前はあるのかしら?」
手のひらの傷のことなど忘れて麻依は、うっかり傷をした手で頭を撫でていた。
「あ・・ご、ごめんなさい、私の血がついちゃったわ。」
痛みもさほどなく、血も洗い流した時点で止まったと思えたのだが、どうやらまだ多少にじみ出ていたらしい。その白猫の頭の毛に麻依の血がうっすらついていた。
麻依は慌てて再び湖の水をすくうと、白猫の頭にかける。
「契約は成された。」
「え?」
不意に白猫から人の言葉、いや、直接麻依の頭に話しかけてくる声があった。
「一度目の血の契約は地精が介し、二度目の契約は水精が介し、そして、三度目の契約は・・・」
「え?」
そこで言葉を切り、数瞬間を置いたのち、白猫は、嬉しそうな笑顔で、麻依のその傷口を舐めた。
「私に名を、巫女殿。」
「名前?あ・・じゃー、ゆきというのはどう?」
思いがけない一連のその出来事に、麻依は何が何だかわからないまま返事をしていた。深く考えもせずに。
「ゆき・・雪が降ってるからか?」
「え、ええ。雪のように真っ白だし、雪と一緒に表れたから。・・いけないかしら?」
「なんとも単純な思いつきだが・・・・まー、いいだろう。」
「あ、ごめんなさい。簡単すぎよね。じゃ、もっと真剣に考えるから。」
「いや、それでいい。」
「え?いいの?」
「純粋に思い浮かんだ名だ。悪くない。」
「あ、あは♪・・で、さっきの猫さんの言葉だけど、契約は成されたって?」
白猫は、麻依のその言葉に、大きく目を見開き、呆れたように暫く彼女を見つめていた。
「はははは♪楽しい♪愉快じゃ♪巫女殿。そなたはここに、神獣を求めてやってきたのではないのか?」
「え?・・あ・・じ、じゃー・・・」
「楽しい人の娘(こ)だ。ますます気に入った♪では、最後の契約だ。神湖(かむこ)へ共に入ろうぞ。」
「神湖・・あ、ああ、この湖のこと?」
「そうだ。それとも雪が降りしきる寒さの中では入れないと?」
「いいえ!それは大丈夫です。真冬であろうとも禊ぎに入水はいたしております。」
「そうか。では、まいれ。それで巫女殿とわたしとの主従関係は確固たるものとなる。」


「そういえば、巫女殿の名は?」
「あ、そうね、まだだったわね。私、麻依というの。」
「麻依か・・では、私を抱いて湖へ入ってくれ。」
「はい。」

麻依は履いていた草鞋をぬぎ、白猫を抱いて、身の切れるような冷たさの水の中へと入った。
岸辺の浅瀬から中央へと歩いていく。
そして、水位が肩までのほどのところで行ったとき、不意に湖水が躍り上がった。
「きゃあっ!」
その驚きで思わず抱いていた白猫を離してしまった麻依は、目の前の光景に驚いた。



「も、もしかして、あなたが、白猫の・・ゆきの本性?」
「そうだ、巫女殿。」
目を見開いて白蛇のようでもあり、竜のようでもあるその生物を麻依はじっと見上げていた。

「最後の契約をする前に、巫女殿に言っておきたいことがあるのだが、いいか?」
「え、ええ。」


「巫女殿はこことは異なる世界で、世界を救う運命の男女というカギを担った。」
「え?」
麻依を見据えたまま、話し始めた白獣を麻依は驚きの目で見つめる。
「その時の記憶を有し、今その時の運命の男に再会したいが為、時を操る神獣を求めてここへ来た。」
麻依は返事も忘れ、じっと白獣を見つめていた。
「巫女殿は、自分のその記憶の中での前世が1つ欠けていることにはまだ気付いていないであろう?」
「え?・・1つ欠けてるって?」
「そうだ。」
白獣は真剣な表情で話す。
「運命の男女として一生を終えたその生の次は、今あるこの世界に転生したと記憶しているであろう?海賊としての生涯、その生で出会った男は、今巫女殿が会いたいと願っている男の前世。」
「え、ええ、そうですけど、違うんですか?」
白獣は意味深な笑みを浮かべて続けた。
「その前に一つある。いや、巫女殿にとっては2つの生か?」
「え?2つ?」
「そう、海賊としての生を途中で断たれたが、あの世へは行かず、人魚として留まった2つの生で終えた生涯。」
「え?・・・途中で断たれて人魚になったの?」
「そうだ。この地での幾たびかの転生は、すべてそこにつながっている。かの地でのあの悲劇を繰り返さぬよう、いや、できることなら同じ運命を辿るような者たちを生み出したくないという気持ちが巫女殿とそしてその男とのこの地での転生を計っていたと言ったらどうする?」
「どうするって・・・」
麻依は考えていた。というより、あまりにも予想だにしなかった白獣の言葉に、驚いていた。
「でも、そうだったとすると、どうなるの?」
「私は巫女殿が願った時操の幻獣だ。」
「え?ホントに時操の?」
「そうだ。しかし完全ではない。」
「え?」
「私が操作し行けるところは過去のみだ。」
「それはかまわないわ。過去で十分よ。」
「そして、過去の流れの中に、今言ったかの地に留まっている強い意識がある。」
「それって、もしかしたら、引きずられるかもしれないってこと?」
「さすが察しがいいようで、話がしやすい。おそらくは・・・巫女殿の運命の男が亡くなった後にはなるだろうが。」
「・・・・」
麻依はしばし考える。
「いっちゃんがあの世へ旅立ってから、過去へ呼び戻される・・ううん・・引き込まれるということ?」
「一方的にではないが、巫女殿の意思があればのことだ。時の流れに乗って、かの地、過去からその呼び声は、年々強くなってきておる。」
「呼び声・・・・それは私だけでいいの?いっちゃんは?」
「いっちゃん、それが運命の男の名か?」
「あ、そ、そう。愛称だけど。」
「光と闇の戦い、それを封ずるカギとなるのは、巫女殿の巫女としての力の目覚めと、何も恐れず何にも屈しない2人の血を引く人物だ。」
「私といっちゃんの血を引く・・それは、あの時の?」
「そうだ。定期決戦となってしまった光と闇の戦いを今後止められるかどうかは分からないが、かの地の時の流れは、それを欲しておる。異世界という障壁を複雑に絡ませた時の流れがそれを欲しておる。それはその強い意志なのか、それともかの地の意思なのかは分からぬが。」
「そ、そう・・・・。時の流れにそんなにも影響を与えてるの、その意思は。(それっていっちゃんの意思よね。そりゃ私もそうなったらいいなと思ったし、思ってもいるけど。)」
「故に、私と最終契約を結ぶのならば、必然的に、その運命も付随することになるが・・よいのか?」
「いいわよ。」
「は?」
即答した麻依に白獣は驚く。
「だって、結局は逃れられない運命になるのよ。それなら逃げても無駄。逃げるよりこっちからそのつもりでいけば、打開策はそのうち見つかるわ。」
「見つからなかったらどうする?」
「その時はその時よ。解決策が見つからなかった場合でも、世界は変わらないわ。」
「まーな。」
「おそらくかの地、かの時代へ呼ばれるのは、巫女殿の運命の男がこの世を去ってからだと思われるが。」
「そうなの?いっちゃんと一緒に過去へ行くんじゃないの?」
「これは私の予想だが。そして、これは巫女殿に従う条件なのだが。」
「なーに?」
「このこと、その男には一切話さぬこと。」
「え?話しちゃだめなの?」
「私の主は巫女殿一人。話せば私はその男を殺さなければならない。私の言葉は主たる巫女殿で留まらなければならない。」
「そ、そういうものなの。・・・・・いっちゃんにばれずにすむかどうか自信ないんだけど・・・私から話さなければ、約束は守ったことになるわよね。」
「な、なんだ、それは?」
「だって、そういう人なのよ、いっちゃんって。」
しばし白獣は麻依を見つめていた。
麻依もまた白獣をじっと見つめていた。
「わはははは♪楽しいぞ、巫女殿。分かった。委細承知した。今より、我が主は巫女殿だ。普段は先ほどのように白猫でおるからそのつもりでいてくれ。」
「わかったわ。よろしくね、ゆき。」
ふっと白獣の姿は一瞬にして麻依の目の前から消え、その代わり彼女の両手には、あの白猫がいた。
白猫は無邪気に一声鳴いてから、テレパシーで話かけた。
「じゃ、麻依、山を下りて巫女長から町へ出る許可をもらおうよ♪」
「ええ、そうしましょ♪」
白獣のときの威厳のある口調から、親しみを込めた口調へ替えた白猫に、麻依はにっこりと笑って返事をした。
「あら?いつの間にか雪も止んだのね?」
真っ青な空と降り注ぐ夏の陽射し。
そのまぶしさに目を細め、しばらく青空や光を弾いて輝く雪溶け水の水滴で身を飾っている緑の木々の美しさみ目をやってから帰路についた。


黄金郷アドベンチャー・序章3/その3・別れ

神獣ゆきの力を借り、過去へ行って愛しい人、いっきゅうと再会、そうして、リアルタイムで改めて再会し、結婚と幸せの日々を送っていた麻依。
しかし、それもいっきゅうの死と共に、消滅した。

「あなたっ!いっちゃん!」
覚悟していたいっきゅうの死。年齢の差。
転生し出会い、そして、また死別する。それを何度繰り返しただろう。何度繰り返そうと決して慣れはしない。慣れるはずもない。
その哀しみはいつも麻依をどん底へ突き落とす。
ただ、それでも、それまでは希望があった。
『大丈夫だよ。すぐ生まれ変わってくる。必ずキミを見つける。また出会おう!そして、また恋をしよう!熱い恋を!』
いっきゅうの残す言葉には、いつもそれがあった。
が、今回は違っていた。
眠るように麻依の傍らで息を引き取ったいっきゅうが残していった遺書は、おぼろげながら感じていたそのことをはっきりさせた。


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麻依。とうとう別れの時が来たようだ。
今までありがとう。たくさんの愛をありがとう。とても幸せだったよ。

30人の子宝にも恵まれてσ(^◇^;) 2人の(ほんとはただひとりの)まいのおかげだ。感謝してる。(補足:麻依との子どもが18人、前世の舞華との子供が12人)泣かないで、笑って見送っておくれ。


ただ・・・キミも気がついているだろうけど、今回の別れはちょっと特別かもしれない。
すぐに再会を約束できない。

オレたちは、別れのたびに再会を誓い合ってきた。何度でも転生して、意地でもキミの魂を探した。

でも、どうやら、しばらく、別々の道を歩まなければならないようだ。

しばらく前から、オレにはひとつの未来が見えていた。
できればそうあってほしいと願う未来だ。
そのために、あえて、別々の道を歩む必要がある。

ずっと手を携えて歩んできた。そして、強い絆を結んできた。その絆の強さを信じているからこそ、オレはあえて、その先のステージへと歩を進めようと思う。

麻依。よく聞いておくれ。キミは光の道を進むんだ。
オレは相反する世界へと行く。闇へと行く。
光の側からだけでは答えは見えてこないから、オレはあえて反対方向から攻めてみる。

再び出会うとき、オレとキミは、敵として向かい合うことになるかもしれない。
ちょっと(だけか?)きつい選択だが、オレとキミなら乗り越えられるはずだ。今までだって、たいがいの試練はくぐり抜けてきたじゃないか。


光と闇、相容れないはずの存在。際限なく戦い合う存在。
そのばかばかしい繰り返しに終止符を打つために。

光のキミと闇のオレが新たな世界を構築することができるか。新世界のアダムとイブになれるか。チャレンジだ。

きっとできると信じている。
なぜって、オレたちは、強く強く愛し合っているから。それはどんな姿になろうと永遠に変わらないから。

ひとつ、言っておく。どんな結末を迎えようと、けっして怯むな。けっして顔をそむけるな。けっして悔やむな。
大丈夫だ。心配するな。オレのことを信じてくれ。オレもキミを信じているから。

麻衣・・・・愛しているよ。ずっと、ずっと、何百年たとうと何千年たとうと、この世に生命が存在する限り、オレはキミに愛を誓うよ。
悪魔に心を売り渡そうと、その愛は変わらない。ぜったいに!

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(いっちゃん・・・私の方こそずっとずっとありがとう。とっても幸せだったわ。
うん、そうね、泣かないわ。とびっきりの笑顔で見送るわ。
今日という日を覚悟してたのに、言葉がでないわ。何を言っていいのかわからない。
そう、一つだけ、分かってるわ。私の気持ちは何があっても変わらない。
ずっとずっと変わらないわ。愛してる。あなただけを、いつまでも。)

そう心の中で返事をしたものの、その心の片隅で、麻依は覚悟を決めていた。

(そう・・私のいっちゃんはあなただけ。今、目の前で眠っているあなただけ。
今まで幸せに暮らしてきたあなただけ。
あなたはきっとこの地に生まれ変わってくるわ。それも分かってる。
でも、それはあなたじゃない。私のいっちゃんじゃない。それはまるっきりの別人。
ごめんなさい、そう思わせてね。でないと私、行動に移せない。一人で歩けない。
だって、しばらくって・・私、そんなに強くないわ。出会ったときは相対する立場だなんて・・・。
光と闇との戦いに終止符を打つ為だと言われたって、私には、あなたのように簡単に割り切れないわ。
そう、いつもあなたは見事に割り切って、前を見て進むけど、私は・・・・・。
だから・・・こう思うことにしたの。あなたはずっと私の中にいる。私のいっちゃんは、ずっと私の心の中・・・。
同じ魂の人物と出会っても、それは私のいっちゃんじゃない。決してそれはいっちゃんじゃない・・。
・・・そうでも思わないと、あなたを探してしまうわ。例え、あなたに拒絶されようと、離れてなんていられないわ。

だから、私はそう思うことにした。これは私の自己防御。
軽蔑していいのよ、私は少しも強くないし、自分がかわいいわ。世のため人のためよりも。
だから、想いが暴走しないように、心の中に閉じこめるの。
一人で歩かなければならないのなら、私には必要な事なの。いつまでもあなただけが私の支えなの。)


いっきゅうの葬儀を終え、身の回りのものを整理すると、麻依は子供たちを連れて緑峰山へ、巫女の里へ帰った。

いつも手を取り合って歩いてきた。その手を離し、これから来るべき、いや、進むべき、険しく孤独な道へ歩を進める為に。 


※いっちゃんの遺書はみずきさんが書いてくださったものです。いつもありがとうございます。

黄金郷アドベンチャー・序章3/その4・失われし前世へ

緑峰山の社へ戻った麻依は、すぐに行動を開始した。まるで追い立てられてでもいるように。
そうでもしなければ、心が落ち着かなかった。何かしていなければ、何かと直面していなければ、自分が自分でなくなりそうだった。

白獣のゆきと初めてであった神山へと再び入る。
時とそして、世界をも移動する為に。


その神湖に入り、ひたすら精神統一を続ける。
それは麻依を呼ぶ世界からの声を聞くため。その波長を辿る為。

気が勢いよく高まっていく。そこは神聖な地。自然の気を自分の中に取り込み、自分のそれを普通の状態のそれよりうわまったものとして高めるのである。
何もかも止まったようなそこ、静止と静寂の中、麻依を中心をとして気の波動が空気を振るわせはじめる。
徐々にその波動が黄金色のはっきりとしたオーラとなって広がっていく。
麻依の黒髪がふわりと浮き上がりながら、ゆっくりと黄金色に染まっていく。



「見えた・・・・あの世界だわ。私を呼んでる声は、あの地から聞こえる。」
「飛ぶぞ、麻依!」
「ええ!」
麻依の両腕に抱かれじっとしていたゆきが、変化を解き、元の白獣の姿に戻る。
と同時にその巨体を空へ、天へ踊らす。
「背中へ飛び乗れ!落ちるでないぞ。」
「はい!」

麻依とゆきは、それぞれの思念を同調させ、時と、そして、次元の海を飛んだ。異世界へと、過去へと。


そして、数回の次元移動で、麻依は自分の数世代前の人物、人魚の摩衣霧と、いっきゅうの数世代前の人物である三条一休、そして、ハサンの前世ハチを見つけた。
(幸せそうね。人魚から人間に変化して、ホントに幸せそうだわ。)
麻依はそのことを心から喜んだ。

黄金郷アドベンチャー・序章3/その6・虹の彼方へ

そして、様々な事件を乗り越え、過去生である人魚の摩衣夢と一休とも和解し、海賊島の大ボスであるハチの支援もあり、次元航路を通って摩衣夢の本来の世界、黄金郷の世界へ、海賊たち勇士と共に麻依は旅立った。

はじめの頃は、穏やかな航海だった。が、その日、予期していた通りの事態に陥った。
不意に荒れ狂い始めた空、そして、海。
数時間前の好天候と穏やかな海が嘘のように荒れ狂っていた。
5隻の船は、それぞれの船長の命令に従い、火事場の喧噪のごとくクルー達が走り回っていた。
そして、麻依は、なんとか悪天候を鎮めようと祈りを続けた。
が、何かに操られているような、あるいは、何か禁忌をおかし、その報いでもあるかのように、空と海は荒れ狂っていた。
「巫女様!祈りは効きません。船室へお入りください!」
「ダメよ!紫鳳・・・私だけじっとしているなんて・・できないわ。」
「いえ、巫女様ならばこそできることがあります。船室へ、操舵室で碧玉を通して船を浮かせましょう。」
「船を・・浮かせる?」
「高波さえ受けなければ転覆はありえません。私たちが十分なエナジーを出せるなら、この嵐を乗り越える間くらい船団を守れるはずです。」
「でも、紫鳳・・・」

「きゃあっ!いっちゃん!」
「摩衣霧?!」
麻依が見たのは、一休が高波に取られ、摩衣霧がそれを追うようにして海へと飛び込んだその瞬間だった。
「摩衣霧っ!いっちゃんっ!」
「ダメです!巫女様っ!行ってもどうすることはできません!今は我々のできることをすべきです!」
「離して紫鳳!摩衣霧が・・私が・・・・いっちゃんが!」
「巫女様っ!」
ぱん!と紫鳳の手が麻依の左頬を打っていた。
「し、紫鳳・・・・」
「お許しください。しかし・・巫女様はわかってらっしゃるはずです。今、何を一番にすべきかを。」
「・・・・・」
無言で麻依は船室へと走った。
今すべきこと。今の自分にできること。それは、紫鳳の提案どおり、船を少しでも安全な状態に保つこと。5隻の船団をバラバラにさせないこと。


「紫鳳!補助をお願い!」
「はっ!」

意識を集中する。天候を鎮めるため使ってしまった霊力を補うべき、持てる気力を注ぎ、麻依は意識を集中していった。



「麻依さん!」
どれほど経ったのか、麻依にはわからなかった。
ただ、ひたすら意識を集中し続け、我を忘れ、霊波動を発し続けていた。
操舵室へ飛び込んできた紫鳳船長のかけ声で、麻依はふっと我に返った。
紫鳳船長のその呼びかけが、あの嵐を脱出したことなのだと悟ると、咄嗟に麻依は、集中を解いて立ち上がろうとした。
「巫女様っ!」
気力の使いすぎで平衡感覚が保てず、倒れるところだった麻依を、紫鳳が慌てて、自分自身も幾分ふらつきながら支える。
「麻依さん、大丈夫ですか?紫鳳神官も。」
「ええ・・」
「私は大丈夫です。」
そして、紫鳳の肩を借りたまま、麻依は甲板へと出る。

海は穏やかな表情を取り戻し、空は青く晴れ渡っていた。

「あれを!」
紫鳳船長が、行く手にかかる大きな虹を指さした。
(七色に輝く虹。幼い頃、虹の向こうに黄金の国があると夢見た。それが実現するとはな。
一休さん、摩衣霧さん。これはお二人の愛のあかしか? オレたちの門出を祝福してくれてるのか?オレはこの瞬間をけっして忘れねえ)

(あの悪天候を・・・空と海を鎮めてくれたのは、摩衣霧、あなたといっちゃんね。・・・・あなたたちが命を賭して、鎮めてくれた・・・のね。)

虹を見上げている麻依の元に各船の船長たちから報告が入る。
船はそれぞれあちこち損傷があるものの航行には影響なし、クルーたちの欠員と、重傷といえる怪我人もなかった。
・・・ただ、大きな・・麻依にとって大きすぎる欠員を覗いては。
それは、三条夫妻。どこをさがしても船内に彼らの姿はなかった。
2人が荒海の中に消えた瞬間を見た者は麻依以外にも数人いた。彼らから、それぞれにその報はすでに行き渡っていた。


(いっちゃん・・・摩衣霧・・・あなたたちが幸せそうに微笑みながら寄り添っている姿が、私には見える。はっきり、見える。私は、後悔なんてしない。立ち止まらない。
あなたたちが命をかけて開いてくれた、この道を、まっすぐ進む。
いっちゃん・・・摩衣霧・・・私を、見守っていてね・・・)

止めどなく流れる涙を拭くことも忘れ、麻依は無言のまま、その虹を、虹の下で寄り添って微笑んでいる摩衣霧と一休を見つめていた。
船団のクルーたちも、全員甲板に出、その虹を見つめていた。



「さあ、行くわよ。あの虹の下が、次元航行の入り口。みんな、頼むわよ!」
涙を拭って気持ちを入れ替え、それでもまだ出続けようとしている涙をぐっと堪え、麻依は力強く声を張り上げた。



※一部みずきさんの書かれた文章を元に少し変えて書き加えさせていただきました。m(__)m 

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