2006年04月07日

黄金郷アドベンチャー・本章1/その1・邂 逅

 瘴気が世界を覆っていく。人々は光を遮るもやのような暗雲に、不安や恐怖を覚えると同時に、徐々にその心が侵されていく。活力が生気が彼らから消滅していく。
そして、そこへなだれ込む魔族たちにとっては、格好の餌である。
彼らはまさに無気力な、無抵抗な家畜だった。


「カルロス殿、結界の外の様子は?」
「シジュザール王子・・・」
リュフォンヌは最後の力を振り絞り、迷宮内を結界で包み、できる限りの人々をそこへ引き寄せたのである。
皮肉にも、それまで世界でたった一カ所闇世界と通じる道があったそこが、人間にとってただ一つ(現在確認されている限り)の安全な場所となった。

一時的に迷宮内は、不意に転送されてきた人々で混乱の様子をみせたが、それと同時にリュフォンヌのテレパシーによる説明と、そして、その中に王子、シジュザールがいたこともあり、さほど大きくならないうちにその騒ぎもおさまった。
そして、それを待ち、ある程度力ある術者たちの協力を得て、すでに瘴気に包まれてしまった街から、それぞれ生活に必要なものを少しずつ運び込むことも始めた。

街は、そっくり迷宮に移された形となり、魔の迷宮を浄化して人が住めるようにし、意識を失ってまでも、人々を結界で守り続けているリュフォンヌは、教会区と定めた少し広い洞窟の奥に、奉られることになった。
その呼称も魔女から聖人、聖リュフォンヌと呼ばれることとなり、事実上、彼女は人々の守り神となった。


「瘴気を孕んだもやで陽の光も遮られております。世界を守っていると言われている神人の一族の住む土地へ旅をすることは、おそらく無理でしょう。」
「やはり、そうか。位置さえ分からぬでは、もっともだな。いや、例え正確な位置が分かっていたとしても・・無理であろうな。」
「この瘴気の中を旅するには、やはりリュフォンヌに近い能力を持つ人物が必要かと思われます。」
「ふむ。しかし、彼女ほどの力を有する人物は、まずいないであろう。」
世界のどこかに光の創世神の血を受け継ぐ神人と呼ばれる一族が住む黄金郷があると言われていた。黄金に溢れたそこには、光の宗主がそこから世界に陽の光を注ぐと言われる光の塔があると言われていた。
王子は世界の窮状を知ってもらい、光の宗主の救助を得ようとしたのだが、現状ではそれも困難だった。
「彼らがこの窮状に気付いて手を述べてくれるということはあるまいか?光の宗主殿が陽の光を強く放ちこの闇を一掃してくれるということは?」
「神人には神人の決まりがあり、人に直接係わるようなことはないはずじゃ。」
背後から聞こえてきた老司祭の言葉に、2人は振り向く。
「しかし、これは尋常ならざること。人だけではない。世界の存亡に係わることだぞ。」
「王子、しかし、この事態を呼び込んだのは人間でございます。」
「・・・・しかし、それでは・・・どうしようもないのか?・・このまま・・いつか魔に制圧されてしまうのを待っているだけなのか?リュフォンヌ殿が・・・聖リュフォンヌが自らの命を賭して守ってくれたのだぞ?後を頼むと言い残され、深い眠りについておられるのだ。未だに我々を、街を守り続けて。」
「王子・・」
「このままでいいわけないであろう?」
「しかし、王子・・・」


その神人の地も、早々魔族の急襲にあったということなど彼らが知るよしもない。
道が繋がるその瞬間を息を呑んで待ちわびていたかのように、道が開いたその瞬間に光の塔を闇は襲った。



「リュフォンヌ・・後はオレに任すとキミは言ったが・・・教えてくれ。どうしたらいいのだ?」
途方に暮れ、カルロスは聖棺に横たわるリュフォンヌに話しかけていた。

「ん?」
ほわっと聖棺を挟んだ向こう側に淡い光が見えた。
(な、なんだ?)
まさか、闇の者の侵入なのか?と、イスから立ち上がって剣を抜き、警戒しつつゆっくりとその光に近づいていったカルロスは、その光が徐々にはっきりしてくるにつれ、ぼんやり人型を成してきたのに驚いて見つめ続ける。
(転移か?だれかが転移してくるのか?)


「あ・・・えっと・・・・ここは・・どこなのかしら?」
光の中に現れたその人物は、自分を包む光が消え転移が完了すると、周囲を見渡し、そして、カルロスに目をとめるとにっこりと微笑んだ。
「あ、ごめんなさい。脅かしてしまったかしら?私、麻依。怪しい者じゃないわ。ここにはあなたの他に人がいて?」 
「あ・・ああ・・・・」
その微笑みにカルロスは警戒した闇の手の者だという懸念を打ち消した。
「あ・・私の呼びかけ(テレパシー)に答えてくれたのは、この人ね。」
棺に気付いた麻依は、ふと中を覗き、敷き詰められたクッションに横たえられているリュフォンヌを見つけて、彼女に微笑みかけ、それからゆっくりと今一度剣士に視線を移した。
「あなたが、ここの中心人物?」
「あ、いや、オレは単なる旅の剣士だ。ここは以前は魔の迷宮だったのだが、今では浄化され、おれ達人間にとって唯一の安全な場所として、彼女の結界で守られている。ここにいる人間をとりまとめてる王子がいるから、彼と主だった人物に紹介しよう。」
「そう、彼女の力も大した物ね。王子様もいるんならしっかり統率されてると思っていいわね。」
「ここに引き寄せられてきた人間は、ほとんどが迷宮のお宝目当てで街に集まっていたうさんくさいような奴らと、彼ら相手の商売人だからな、完全に統率が取れているかどうかは眉唾物だが。」
「そう。でも、そうなら、みんな迷宮を探索できるだけの力を持っている人物だと思っていいわね。たとえうさんくさかろうが、何だろうが、闇へのレジスタンスにはなれるわよね?」
「対抗勢力を作るつもりか?」
「じっとしてちゃ現状打破は無理よ?」
「それはそうだが。」
巫女装束に身を包んでいるが、風貌はごく普通の女性である。が、その確固とした自信に満ちた輝きを有する彼女の瞳に、カルロスも思わず力強く頷いていた。

黄金郷アドベンチャー・本章1/その2・迷宮街区での談合



 「そなたがリュフォンヌ殿に引き寄せられてきた巫女殿ですか?」
「はい。麻依と申します。シジュザール殿下、でしたわね?」
「そうだ。この辺り一帯を統治しているシェミュリカ国第一王子だ。」
「お目にかかれて光栄でございます。」
麻依は丁寧に頭を垂れ、お辞儀をする。
「で、カルロス殿からの話によると、闇への抵抗組織を作るという話ですが?」
「はい。私と一緒にこの地へきた海賊たちがいます。彼らと手を組めば魔軍との戦いも可能かと思います。」
「海賊?・・・あなたは海賊の一味ですか?」
「海賊、では不服ですか?どこかの国の正規軍か何かしっかりした礎を持った者たちでないと信用がおけない?」
麻依の視線がきつくなった。
「あ、いや・・・・そういう訳では。あなたと共に行動してきたのであれば・・。」
「あれば?」
「あ、いや・・。」
シジュザールは麻依のきつい視線を受け、汗が吹き出るのを感じる。
先の先の言葉まで読み取られているような感じを受けた。
「・・・・・でも、そうですわね。そう思われるのが普通でしょう。一度彼らと会ってみませんか?言葉や態度は多少乱暴ですが、みな、気さくでいい人たちばかりですわ。戦闘意欲も旺盛ですし。でも、会うといっても、ここは内陸部らしいから・・そうですね・・・・・私を信じてくださるのでしたら、一緒に飛びます?」
「は?・・飛ぶ・・とは・・・・私にそなたと一緒にテレポートしろと?」
「心配でしたら、リュフォンヌさんの恋人のカルロス殿も一緒に。」
「しかし、海賊船は、遙か沖合に停泊しているのであろう。大丈夫なのか?」
「不可能でしたら申し上げません。船には私直属の神官がおります。彼の幇助があれば大丈夫です。」
「そうか・・それなら・・。」
そう応えつつ、それでも、シジュザールは不安そうな色を浮かべていた。

「殿下の代わりに私が参りましょう。」
「叔父上?」
「・・・あなた様は?」
いつの間にかそこに来ていた一人の男が進み出て静かに言う。
「叔父上様ということは・・・」
「いや、いきなり言葉を挟み、失礼つかまつった。我が名はシャバラン。殿下の母親が私の妹でしてな。わたしは王家の血を引いているわけではないのだが、ちょうど殿下の供として旅をしていてこの事態となり申した。」
「そうですか。」
シャバランの穏和そうな笑顔に、麻依も笑顔を返す。
「で、どうであろう?私が身代わりでは不服であろうか?」
「殿下が直接クルーたちに会って判断されるようにと申し出たのです。私は殿下でも叔父君様でも、それでそちらが納得してくださるのであれば、異存はございません。」
シジュザールとカルロスは目配せすると、麻依に、彼らに異存はない旨、軽く頷いて応えた。
「それでは参りましょう。」


Special thanks 紫檀さん(イラスト)

黄金郷アドベンチャー・本章1/その3・談合決裂

 神官である紫鳳とテレパシーで連絡を取り、麻依は霊力の補助を受け、王子シジュザール、その叔父シャバラン、王子の幼なじみの剣士、カシュマ、町の代表者ゴリノス、そして、カルロスは海賊船へと転移した。

瘴気の中、彼女の霊力が守っている海賊船は5隻。そして、その中の1隻に転移した彼らは、クルー達のその容貌に少なからず嫌悪感を感じる。
それも当然なのかも知れなかった。
わざわざ異世界の騒動に、命をかけやってきた彼ら。元の世界において、彼らはいずれも劣らぬ屈強な男達、戦士たちである。戦士たち・・・キレイな言葉で言えばそうだが、シジュザールたち特権階級の者たちから見れば、無法者、賊。どちらかというと、討伐すべき輩である。
一様に丁寧に彼らを受け入れてはいるが、どれもうさんくさい目つきの者たちちばかりである。
寝首をかかれはしないか?案内してきた巫女にしても、彼らに脅かされて我らを誘ったのでは?・・・そんな思いがふと王子の脳裏に浮かぶ。

そして、海賊たちも鈍感ではない。平静を保ってはいるが、その視線の中に軽蔑、あるいは、敵視とも言える光を感じ取り、お互い目配せする。


「あの・・・・」
海賊船の一室でテーブルを挟んで対面した彼らは、軽く自己紹介しただけで、双方とも黙り込んでしまっていた。
「ああ、申し訳なかった。少し圧倒されていたようだ。」
心配げに皆を見ている麻依に、カルロスは慌てて口を開いた。
「で、巫女殿の計画では、双方から腕のたつものを選び、光の聖地の所在地の解明と、そこまでの旅、そして、聖地奪回でしたな。」
「はい。」
「残ったものは、海と陸との両方から、闇の手の目をひきつける陽動作戦を取る。瘴気に侵されていない人々の探索と彼らと連携して、安全エリアの拡大を図り、人々を救っていく。」
「ええ。それが一番の近道だと思うの。闇を完全に追い払うには、やはり光しかないわ。」
「そうですね。」
「しかし、本当に、あなたが、光の宗主の座につけるのですか?」
「・・・・」
カルロスとの会話に割って入ってきたシシュザールの言葉を受け、麻依は一呼吸置いてから応えた。
「それなき場合、解決作はありません。世界はこのまま闇に飲み込まれます。」
「麻依殿。では、我々は、不確かな作戦の為に命をかけるのですか?」
「他に方法がねーんだから、しかたねーだろ?それとも何か、王子さんよ?あんたにゃ方法があるってのか?」
「リーファ!」
「麻依さん、あんたが連れてきた味方らしいが、気にいらねーな。頭っからオレたちを信用してなどいやしねー。故郷を捨て、オレたちはオレたちの未来をこの世界にかけてやって来たんだぜ?それを・・」
「我々に恩を着せ、何が目的なんだ?」
「何を?」
「待って!リーファ、落ち着いて!」
「殿下!彼女は、リュフォンヌが呼び寄せたお方なのですぞ?」
リーファのすぎる口を止める麻依と、そして、シシュザールを止めるカルロス。
「しかし、元はといえば、そのリュフォンヌとて、魔女と言われた人物。果たして本当に人民の事を考えてくれているのかどうか」
「殿下!」
思わず声を荒げて叫んだカルロスのその勢いに押され、さすがのシシュザールも言い過ぎたことを感じる。
「麻依殿、一旦我々は戻った方がよさそうです。時期を見て、改めてまた話し合おう。」
「そうね、カルロス。その方がよさそうだわ。」
双方とも険悪なムードが漂っていた。
(焦りがあったかしら?もっと事前に準備をしてから双方を引き合わせるべきだった?)
残念そうに頷き、麻依は、カルロスの提案を受け入れ、彼らだけを迷宮へと戻した。


「巫女様・・・」
「紫鳳・・・・うまくいかないものね。私はみんなのこと、最初会ったときからなんとも思わなかったんだけど。」
「それは、巫女様が誰でも分け隔てなく接する性格だからでしょう。風貌や職業でその人のランク付けは決してなされない。しかし、世の中にはそういった人の方が多いのですよ。特に、特権階級、いわゆる貴族階級の人物は、そういった考えの人が多い。こちらはならず者の集団でしかないのですよ。」
「でも、この世界の人たちの協力は必要なの。聖地の所在地を調べるには、この世界の人たちでないと、私たちでは、どこをどう調べていいのか分からないもの。」
「確かにそうですが、少し時間が必要なのも確かですな。」
「・・・そうね。」
「あのカルロスとか申した騎士、彼に協力を頼むのも得策かと思われます。」
「カルロス・・そうね、彼は、みんなを蔑視した目では見てなかったわ。」
「向こうは彼に、そして、こちらは・・・やはり巫女様にがんばってもらうしかないですが・・・」
「そうね。がんばるわ。」
苦笑をし、麻依は船窓から暗い空をしばらく見上げていた。


Special thanks 紫檀さん(イラスト)

黄金郷アドベンチャー・本章1/その4・麻依と神官紫鳳

 「合同は・・難しいようだな。」
「合同?あんな奴らの手など借りる必要はない!」
麻依は船の一室でクルーの意見をまとめてきた海賊たちの筆頭である船長のリーファと紫鳳、そして紫鳳神官との4人で改めて話し合っていた。
麻依の気持ちを察し、控えめにそう言った紫鳳船長にリーファが怒りを露わにした口調で半ば怒鳴るように吐く。それはまるでけんか腰ともとれた。
「待ってちょうだい、リーファ、今は仲間割れしてるときじゃないのよ?」
「仲間?奴らがか?あんただって気づいてたじゃないか!あのいかにも見下した表情・・・・特権階級の奴らにとって、おれ達海賊なんてなー、屑以下としか思っちゃいねーんだよ!」
「リーファ、きっと分かってくれるわ。最初からそんなにいがみ合ってては・・」
「なら・・奴らの方こそ頭を下げるべきなんじゃないか?あいつらがおれ達に対する意識を変えてくれねー限り、無理ってもんだぜ?いくら麻依さんの頼みであろうと。あんただってそこんところは分かってるはずだ。あんただって少しは頭に来ただろ?」
「・・・でも・・町の人たちまでそうとは限らないわ。」
「で?おれ達に頭を低くして向こうに行けってか?まっぴらごめんだぜ。」
「リーファ・・・紫鳳船長・・・」
麻依は助けを求めるように紫鳳船長を見る。
が、彼も、リーファのようにはっきりと口にしないまでも、同じ思いだった。ただ先を考えれば、なんとかしたいとは思うが。
「私が・・私が彼らによ??く話して、分かってもらってきます・・ここでは対等なのだと、同じ志を持つ仲間なのだと・・・」
ふっと麻依の意識が遠のき、神官紫鳳は慌てて倒れかかった彼女を抱き留める。
「巫女様っ!」
(あ・・・)
それを見て、リーファと紫鳳船長は、何も彼女にそこまできつく言うべきではなかったと反省する。
「少し休ませてきます。洞窟は遠い、私が補助したとはいえ、巫女様はほとんど霊力を使い切ってしまわれております。いえ、霊力以上に、精神力もかなり消耗されておりますから。」
「あっと・・・大丈夫・・か?」
「はい。無意識のうちにストッパーがかかったのでしょう。少し休めば回復されるはずです。」
「あんたは大丈夫なのか?いつもそうして麻依さんを気遣っているが?」
「私は男ですから。」
「なら、いっそあんたが頭になったらどうだ?こうまで苦労し続けている彼女が痛々しいとは思わねーのか?」
「巫女様だからこそ、私の力も引き出せるのです。そして、良い方向へとその力を使ってくださるのです。私になど任せると・・・どうなるのかわかりませんよ?」
「は?」
謎めいた言葉を残し、神官紫鳳は、麻依を抱き上げてその部屋から出て行き、2人は他に言葉も見つからず、その後ろ姿を見送った。


「そう・・私なら・・・・ここまで衰弱しきるまで巫女様を追いつめるようなことはしない。私なら・・・・・」
麻依の船室へ彼女を運び、そっとベッドに横たわらせた神官紫鳳は、しばらく彼女をそのまま見つめ、切った言葉の先を心の中で呟く。

(そう・・私なら、巫女様を悩ませる全てをこの世から排除し、全てを破壊し、何もない静かな闇の中で巫女様と2人、永遠の時を無となって漂うものを。巫女様だけを感じ永劫の時を・・・)
ふっと紫鳳は笑う。
(しかし、巫女様は決してそうはさせてはくれぬ。巫女様が目指すは光、いや、すでにその身に光を宿らせておられる。・・・どこでどう違えたのか、巫女様は闇の領分だったはずなのに。翠玉の巫女・・・地の宝玉。それが地に潜らず天に昇ろうとしている。そして、私は・・・)

心の中の呟きは聞こえてはこなかった。
だが、紫鳳からにじみ出ているオーラから、なんとなくその言葉を感じたのか、麻依のペットであり神獣のゆきは紫鳳のそんな言葉をはっきりとではなかったが読み取り、麻依の横たわっているベッドの淵に飛び乗ると、毛を逆立てて威嚇した。
「ふぅ????????!!!」
紫鳳は、そんなゆきの威嚇などものともせず、少しわざとらしく見える涼しげな笑みを残し、部屋から出て行った。


その翌日・・・
船室のドアが開き、そこから麻依が顔を出し、何かが足下にあるような感じを受け、視線を降ろす。
「あらあら・・・・」
そこには、ごっちゃりといろんなものが置いてあった。

「ふふっ♪みんな、気落ちしてる私を慰めようとして・・・でも・・・いかにもみんならしいものだけど・・・なんか笑えて・・・」
麻依はくすくすっと小さく声をあげて笑い始めた。
ドアのところに置いてあったのは、およそ女性をなぐさめるアイテムとしてはほど遠いものだった。
場所が場所、立ち寄る港などない。それでも、彼らなりに一生懸命考えてプレゼントしてくれたのだろう。
酒樽、一升瓶に入った酒、缶ビール、少し洒落て?ワイン。海賊島特産地ビール。紅茶とコーヒーセット。わざわざ奥さんか恋人に焼いてもらったのかクッキーやパン。そして、ヒモノの束・・・/^^;

「あは♪私ってそんなに酒豪と思われてるのかしら?」
あはははは・・・・いつの間にか声をあげて麻依は笑っていた。

「ゆき?そこにいるんでしょ?いらっしゃいな。ヒモノでも食べる?」

たたたっとゆきは麻依の元へ走っていく。
「ゆき、昨日はごめんなさいね。私、ちょっと弱気になってた。でも、もう大丈夫。だって私にはこんなに素敵な仲間がいるんですもの。」
「そうだにゃ♪」
「それから、ゆきもいるし。」
「にゃはははは♪」
「問題は山積みだけど、いつもの天然で突き進むわ。なんとかなる!時が来れば解決策も見つかるわ。」
「そうそう、その調子にゃ♪」

「しかし、麻依・・・」
「え?なーに?」
ヒモノを食べていたゆきが、不意に神妙な口調で麻依に話しかけてきた。
「もう少し紫鳳には気をつけた方がよいのではなのか?」
その口調は、仮の姿のペットである猫のものでなく、神獣のものだった。
「紫鳳って・・・ああ、船長じゃなく神官の方ね?」
「そうだ。」
「・・・でも、私は信じてるわ。紫鳳は決しておかしなことはしない。だって、しようとするなら、いつでもできるもの。テレポートの幇助の時にちょっと霊力の流れを変えれば、簡単なことよ。」
「ふむ。敵である闇王の膝元へ飛ばす事も可能だな。」
「そうよ。それをしないで私の補助に徹してくれてるわ。そんな彼をどうしようっていうの?」
「まー・・そうなんだが・・・・いつ寝首をかかれるかしれんぞ?」
「それは・・そう、覚悟の上で紫鳳と血の誓約を結んだのよ。・・・彼を窮地に立たしてしまってるとは思うけど・・。闇王と私との板挟みで苦しんでいるんじゃないかしら?」
「まー、それもあるだろうが、その程度のこと、あいつならどうってことないだろう。割り切って今は麻依の忠実の部下の顔をしてるんだろ?だが、闇王から何か命が下ったら・・・麻依・・・わからぬぞ?」
「その時はその時よ。うまく立ち回るわ。」
「おいおい・・・相変わらずお気楽天然だな。」
「だって、それが私の専売特許だもの。」
不安を吹き飛ばすように、2人・・いや、1人と1匹・・あ、神獣を匹と言ってはまずい?・・・ともかく、麻依とゆきは明るく笑った。(少なくとも表面上は)

黄金郷アドベンチャー・本章1/その5・そして街区にて

 「どうしたものか・・・・彼らは流れの剣士でしかないオレの説得など耳を傾けてもくれん。」
迷宮街区へ戻ったカルロスは、王子たち主だった者たちの説得を試みたのだが、彼らはどうあってもならず者との行動にはやはり抵抗があるらしく、素直に聞いてはくれなかった。それでも、最初は、それも仕方ない、今現在の窮状を脱出できるなら、という気持ちで、海賊船を訪れたはずだった。が・・・・やはり目の辺りにした彼らとは、肌が合いそうもなかったのである。

「確かに彼らの世界はきれい事だけでは片づけられない。特権階級の者たちには、その存在ですら許せないかもしれないが、彼らの瞳は、決して流されて海賊に落ちた者たちのそれではなかった。生命力、活力溢れ、そこに信念があった。どちらかというと、淀んだ瞳をしている特権階級より、オレは親しみを覚えるのだが・・・・・。それも、オレが冒険者として自由な生活をしているからだろうな。オレとて、昔なら彼らと同じだったかもしれなん。だが、今置かれている窮状を考えれば、昔のオレでも、譲歩しようと思うのだろうが・・・彼らは・・・」

「こんな状況下で、そもそも王族に統率権を持たせること事態が間違いなのよ!」
「ん?」

昏々と眠り続けているリュフォンヌの寝台の前に座り込み、彼女に話しかけていたカルロスは、パタンとドアが閉まる音と共に聞こえた、りんとした女の声に振り返る。

「キミは?」
「あたいは伊織。そこで眠っているリュフォンヌには、いくら返ししても返しきれないくらい恩を受けた者よ。」
一目で武闘家らしいと判断できる鍛え上げられた肢体。はっきりとした物言い。カルロスは好感を覚えた。
「だいたい、ああいった奴らはバックがなければ、自分自身など、そう大した力もないくせに、威張り散らすのよ。命じればなんでもやってくれると思ってる。王国というバックがない今、そんなものに従う必要なんていないわ。」
「はっきり言うんだな?」
「違うとでも言うの?そうじゃないのさ。あんたもこの現状を脱し、リュフォンヌを自由にしたかったら、仲間を選ぶのね。あいつらを頼ってちゃ、何もできずに終わるわよ。一人やきもきして苦労するだけ損だわ。」
「仲間か・・・そうかもしれんが、誰を選べば正しいのか・・・」
「あら?案外あなたってバカだった?」
「・・・」
(普通そこまではっきり言うか?初対面の男に?)
呆れたような表情で自分を見ているカルロスを、くすっと笑い、伊織は断言する。
「あたいは、その海賊を引き連れて異世界から来たっていう巫女さんにかけてもいいと思うわ。」
「事情を把握してるのか?彼ら以外には話してないが。」
「だから、それがいけないのよ!事は王族だけじゃないのよ?ここだけでもない。あたいたち世界が存続するかどうかじゃないのさ?」
「確かにそうだが。」
「一部の人間、しかも特権階級の人間だけがどうにかできるわけでもないでしょ?要は力よ!実力よ!幸いにも、ここに引き寄せられた街にいたのは、この迷宮の宝目当てで集まってきていた冒険者たちが多いしね。」
「そうだな。」
「だから、声をかけるならそっちにすべきよ。あんなでくの坊、無視しとけばいいんだわ。」
「でくの坊とはまた・・・」
はっはっは、思わずカルロスは笑っていた。
「巫女さんと連絡取れるのはあなただけよね?」
「ああ、リュフォンヌの意識を通してだが。」
「そう・・・・リュフォンヌも、やっと理解者を得られたのね。いつも孤軍奮闘してたあのリュフォンヌが・・・」
すっと横たわっているリュフォンヌの傍により、伊織は、そっと額にかかっている彼女の髪を整える。
「良かったね、リュフォンヌ。あたいも、あんたのおかげで大切な人を失わずにすんだよ。ちょいと形は違っちまったけどさ。だから、今度はあたいがあんたを助ける!ここにいるみんなを闇の瘴気から守るため、力を解放したまま、眠っているあんたを、目覚めさせてみせる!自由にして、あんたを恋人の胸に返す。」
ぽろりと流れ落ちた涙の跡を拭き、伊織はリュフォンヌに笑いかける。
「あんたは、頑張りすぎだよ。ずっとずっと頑張って来た。ううん、今もこうして頑張ってる。だから、そろそろ肩の荷を下ろして、自分の事だけを考えて、幸せになってもいいんだよ。」
しばらくリュフォンヌの寝顔を見つめていてから、伊織はくるっとカルロスの方へ向いた。
「じゃ、行こうか。冒険者の酒場へ。」
「冒険者の酒場?」
「ああ、そういう名前なんだよ。迷宮探索してたより抜きの腕の奴らがあんたを待ってる。あんたのその解決策に納得できりゃ、みんな協力してくれるさ。」


そして、伊織に案内され、カルロスは、冒険者の酒場へと向かった。


「いんじゃねーの?他に方法もないしさ。それで闇が払えるってんなら、協力しようじゃねーか?」
「そうそう、上品なお方は知らねーけどよ、オレたち達と海賊のどこがどう違ってるってんだ?商売してる場所が違うだけだろ?」
「ちげーねぇや。」
がっはっはっはっ!とお世辞にも上品とは言えない笑いだが、そこに生気はみなぎっている。冒険者の酒場にいた連中は、伊織が言った通り、一癖も二癖もありそうな面構えばかりであった。
それもそうである、今は安全地帯となっているこの迷宮だが、以前はここが魔物の住処だった。しかも、迷宮の最下層からにじみ出てくる闇の瘴気を吸った手強い魔物ばかりだった。その魔物と渡り合っていた者たちなのである。
あるものは名をあげる為、ある者は宝目当て、またあるものは、戦闘が命、とその理由はさまざまだが、魔の迷宮を探索するだけあって、見事な面構え、そして、チャレンジ精神は盛んである。
(そうだな、こいつらならあの海賊共にもひけは取らないよな。意気込みだけでなく、風貌も。)
苦笑しつつ、カルロスはほっとしていた。

が、一応王子らに、この事は報告しておくべきだろう、カルロスは、至極簡単に、仲間が見つかったから、我らで行動すると伝え、それに対して、勝手な事を、と渋い顔はしたものの、一応にほっとした表情でその話を受け入れてくれた。
「心ん中じゃ、賊と連れだって行動する必要がなくなったとほっとしてるさ。後は、いつもの通り、あたいらの報告を受けるだけさ。いいよね、特権階級は。命令してのほほんとしてればいいんだからさ。」
「しかし、キミは、のほほんとしてるのは好きじゃないんだろ?」
いかにもうらやましげにそう言った伊織にカルロスは笑いながら言う。
「あはは、そうだね、どこがどうなってるのか報告を待ってるより、最前線で自分の手で道を開いてる方が好きだね。」
「オレもだ。」
「そうかい?最初見たときは、あんたも彼らの部類だと思っちまったんだけどさ、違ってたんだね?」
「そうだな・・一昔前ならオレもそうだったかもしれん。だが、それでも、報告を受けるだけというのは、性に合わん。」
「で、いいとこのおぼっちゃんが家を飛び出して流れの剣士ってかい?」
「ほう、なかなかするどいな。」
「あはは、あんたからにじみ出てる雰囲気は、たぶん、育ちだと思ったからね。体躯も顔もいいからねー、ずいぶん泣かしてるんだろ?」
小指を上げ、伊織は笑う
「昔は・・な。今は、そのせいか、本気になった女になかなか振り向いてもらえなくて苦労し続けてる。」
「へ??、そうなのかい?あれ?じゃ、リュフォンヌは?」
「彼女がそうなのさ。惚れた時と場所は違うが。」
「ってことは、時と世界を越えて追いかけてきたってことかい?」
「そう言うと聞こえはいいが、単に未練たらしいのかもしれん。」
「いや、いいねー、そういうの。感動だよ。」
ばん!とカルロスの背中を勢いよく叩いてから、伊織は豪快に言った。
「じゃ、頑張って一日も早く世界から闇を払って、幸せになんなきゃね。」
「はは・・そうだな。で、キミはどうなんだ?」
「ああ、あたいかい?いるよ、いい人が。こんな筋肉女でがさつなあたいでも、真剣に惚れてくれた男がね。たださ・・」
「ただ?」
「あたいはどっちも選べなかった。」
「どっちも、というと?」
「ああ、双子なんだよ。まー、彼らとのいきさつはリュフォンヌがよ??く知ってるけどさ。」
「ここにはいないのか?」
「こうなる前にさ、ちょいと旅に出たんだよ。」
「旅に?」
「ああ。」
少しわざとらしく見える微笑みをみせてから伊織は言った。
「まー、今はその話はいいじゃないか。それより向こうと連絡つけるんだろ?」
「ああ、そうだな。」
それ以上話したくないようなそぶりの伊織に、カルロスは聞くことをやめ、酒場を後にして、リュフォンヌが眠っている祭室へ急いだ。
リュフォンヌの気を辿ってこの迷宮に来た巫女である。リュフォンヌを通せば連絡をつけることができる、カルロスは不思議と確信があった。

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