2006年04月07日

黄金郷アドベンチャー・本章2/その1・僧院を目指して

光の塔、黄金郷に関する文献の入手のため、某国の奥地にある僧院を目指すことになった麻依は、紫鳳神官、そして、腕利きの武闘家である伊織と剣士のカルロスを伴い、小舟で川をさかのぼっていった。

瘴気に覆われ、完全に汚染されている陸路は危険極まりないからである。その点、水路は汚染されていない。もっとも空中に瘴気が含まれていることは陸路となんら代わりはないのだが、空中の瘴気だけなら、浄化は簡単であり、さほど霊力も要さない。
それに対して、陸路は、周囲全てが瘴気に冒されている。魔族の襲撃だけでなく瘴気に冒された動植物や、狂気に走った人間からの襲撃をも考えられた。
迷宮エリアや海で、魔の気を引くような派手な行動を仲間が展開してくれるとはいえ、四方八方敵に囲まれていると言って間違いない状態なのである。
少数精鋭での行動の為、少しでも条件の良い水路を選ぶべきであり、だからこそ、麻依たちは、水路を選んだのである。
それに、見知らぬ土地を行くより、水路の方が、船を自由に扱える麻依にはうってつけでもあった。


「さすがだな、今生ではないらしいが、前々世とかで、海賊してたらしいんだ。」
「へ??・・・・巫女さんがねー・・・・・どうりで軽々と風を掴んで、上手く船を操るとおもったよ。」
帆を巧みにあやつる麻依を、カルロスと伊織は感心しながら見つめていた。
「だけどさ、前の記憶があるなんて、信じられないよね?」
「そうだな。おそらくは、それなりの運命が課せられているんだろうな。」
「光の宗主への道?」
「でなければ、普通の巫女、いや、霊験あらたかな巫女として、この世の栄華を誇った生涯を送れるんじゃないか?」
「だよねー。光のエナジーの伝授の光景を見てそう思ったよ。こんな巫女さん初めて見たよ。まさに本物だって思ったね。」
「オレもだ。」
「だからさ、よけい、ホントに同一人物だろうか?な????んて思っちまってさ?」
「はは、そうだな。キミの言いたいのは、海賊まさりで飛び回っている今と、それから、酒場での野球拳だろ?」
「ああ。」
「だが、取り澄ましてる巫女さんよりいいと思ってるだろ?」
「まーね。そんな巫女さんなら、こうして付いてきたりしないさ。」
「はは、はっきり言うんだな、キミは。」
「バカ正直さとこれがあたしの取り柄だからね。」
と、伊織はわざと力こぶを作って見せ、明るく笑った。



「ここまでね、これ以上は舟では無理だわ。」
川幅もずいぶん狭くなってきていた。加えて少し上流は滝となっていた。

「では、巫女様、ここから陸路で?」
「そうね、紫鳳・・それしかないでしょうね。」
「陸路か・・・まー、僧院の元まで水路で行けるとは思わなかったが・・・・予定してたより早く川から上がることになったな。」
「そうだね。」
「方向は、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。あたいが間違えることはないよ。・・2人の気を感じる。」
「そうか。」
伊織が言った2人とは、彼女と迷宮の冒険を共にしていた、双子の僧侶と魔導師、イーガとヨーガである。
彼ら2人は、この世界に魔が召喚される少し前、偶然にも、今彼らが行こうとしている問題の僧院に向けて旅立っていたのである。
共に一人の女性、伊織を愛したイーガとヨーガ。そして、そのどちらも選べなかった伊織。
そして、選べさせることができなかった2人は、それならば、とその僧院の奥にあるという秘術で、1人の人物になろうと旅だったのだった。

『本来私たちは1人の人間として生まれるはずだった。それがどういうわけか母の体内で2つの肉体、2つの心に分かれてこの世に生を受けてしまった。だから、同じ人を愛し、彼女を苦しめてしまっている。ならば、いっそのこと1人に戻ろう。それによって今までのそれぞれの自己というものが消滅してしまう結果になってもかまわない。
伊織の為に一度は投げ出したお互いの命。再びこうして息ができるのは、命が長らえているのは、伊織の(それとリュフォンヌの)おかげなのだから。彼女をこれ以上苦しませたくない。』
イーガとヨーガが黙って旅立った後、伊織はそれを知り、慌てて追いかけようとしたものの、追いかけてどうしたらいいのか、彼らになんと言って止めるのか、いや、止めることがいいのか悪いのか、等、いろいろ迷い、旅立ちを迷っている間に、世界がこの事態に陥ったのだった。



「まずは、僧院までの道から邪を払うわね。」
そういって、岸辺につけた小舟からとん♪と軽く飛び跳ねるようにして下りた麻依は、その場で意識を集中した。




深い山間の森、うっそうと茂った木々に囲まれ、闇の瘴気が濃く覆いつくすそこに、光がぽっと灯った。

「光よ、我が前に道を示し、道に満ちている邪を払え!碧玉よ、我が内の光持て、地を汚した瘴気を払え!」

麻依の声が周囲に凛と響き渡る。
光は碧玉の碧色と解け合い、一筋の道を描いていった。

森の中を、淡いエメラルドブルーの光玉が、闇を裂いて、道を描いていく。


「さてと、いよいよ探検イベント開始だな。術の類は無理だが、直に襲ってくる奴らはオレに任せてくれ。」
剣の柄に手をかけながら、力強くカルロスが言った。
「あたいも、この旦那にゃ負けはしないからね。術同士の戦いはできないけどさ、そこら辺の術使いくらい、あたいの気功でぶっ飛ばしてやるよ。」
「ありがとう。心強いわ。術対術なら、紫鳳が軽くはねつけてくれるからそっちの心配はいらないわ。思いっきり暴れてちょうだい。」
しとやかににっこりと笑う麻依に、紫鳳が彼女の後ろからそっと耳打ちする。
「巫女様、今のご自分の言葉を忘れませんように。巫女様の力は常に周囲の浄化の為に使われているのですから、それを忘れて、大暴れなどなされませんように。巫女様に倒れられてしまっては全ては水の泡なのですから。よろしいですね?しっかりと心に留め置きください。頼みましたよ。」
(もう・・紫鳳ったら、信用してくれてないんだから・・・)
少しむくれた視線を紫鳳に投げかけると、麻依は、カルロスと伊織に、視線で出発の合図を送った。

黄金郷アドベンチャー・本章2/その2・野  宿

森の中、道とは到底呼べそうもないが、僧院まで光玉で浄化したその道を、木々の間をくぐって4人は注意深く歩き始めた。
光玉が通り過ぎたあとは、浄化済みのエリアかどうかは肉眼では判断できない。
本来なら自分が先頭を進むべきだと思ったカルロスだったが、光玉が通った目に見えない道を感じることができるのは麻依と紫鳳のみと言われればしかたがない。周囲の気配に気を配りながら、麻依の後にしたがった。そして、その後を伊織が続き、しんがりを守るのは当然紫鳳ということになった。

森の奥からは、獣や魔の咆吼が聞こえる。木々がざわめき、そのわずかな隙間から、風が、何者かの威嚇の念を乗せた殺気を運んでくる。


「前々世が海賊で、舟の操作に慣れているということは理解できるが・・・ともすれば足を取られそうなほど邪魔なものが突き出ているこの凹凸激しい坂道を、よくこれだけ軽い足取りで進めるものだな。」
先頭を行く麻依を見、カルロスは感心していた。それは伊織も同感だった。
「ほんとだねー、あたいみたいに身体が鍛えてあるってんならわかるけどさ?」
「巫女様は、過去生で、冒険家やトレジャーハンターなども経験がおありだそうですよ。」
「そうなの?」
「冒険家?」
「人知未踏の地での探索や魔物退治など、結構されてたみたいですよ。もっとも、魔物退治に魔の洞窟へ入るというような事は、巫女である今回の生でも、結構経験されてらっしゃいますが。」
「そうなのか・・」
紫鳳の説明で、2人は納得していた。
巫女装束のいかにも霊験あらたかな神々しさを放ち、凛と立つ彼女もいいが、身軽さを重視したつなぎの特殊保護スーツに身を包み、普通なら歩行困難と思える険しい山腹も、軽々と進んでいく彼女もまた悪くないと思えた。
(しかし、彼女はいつ気を休めるのだろう?)
彼女の周囲には、常にぴん!と張りつめた空気があった。
(あれほど気を張り続けて、切れてはしないだろうか。いや、彼女の精神がそんな柔なものとは思えないが、しかし、時には、気を休めることも必要なのではないだろうか・・・)
ふとそんな事を考え、カルロスは最後尾の紫鳳に視線を流した。
(確かに、彼は彼女にとって真に忠実な神官らしいが、何もかも気を許しているといった風ではない。霊力を駆使する場合、意識を通じさせるようだが、男女の想いというものは、見られないしな。・・・紫鳳の方は多少そんな想いもあるような気を受けるが、少なくとも、彼女にはそんな感情はなさそうだ。)

ひたすら真っ直ぐ前を見つめて進んでいく麻依の横顔は、それでも、悲壮さはどこにもなかった。
(・・わからんな・・。不思議な人だ。)


その夜、守護結界を張り、4人は大木の下で野宿をすることとなった。
たき火を囲み、交代で見張りをする。数日の徹夜などカルロスにとっても紫鳳にとっても軽いものでもあったが、そこはこの先何が起こるか分からない。相談の結果、1晩を交代で見張ることとなった。
と言いつつ、少しでも自分たちの方にその役を担おうと、深夜すぎまで見張り、夜明け少し前に麻依と伊織を起こすことになった。
大丈夫だから平等にという麻依と伊織を説き伏せ、というか、頼み込んでなんとか2人を言い含めた結果である。(笑


周囲に気を張り巡らしつつ、炎を見つめていたカルロスは、ふと、たき火を挟んだ正面に座している紫鳳に目をとめた。
目を閉じ、じっと瞑想に入っているような紫鳳は、いかにも神官らしい風貌である。が、僅かだったが彼からにじみ出ている気の中に、全体の気とは違った異質なものがあるように感じていた。
そして、それは、こうしてその場にいる人員が限られた人数であり、他から混ざりあうこともないその場において、それは確かなものとしてカルロスは感じていた。

「何か私にご質問でも?」
「あ、いや・・失礼。」
つい紫鳳を凝視してしまっていたカルロスは、不意にその本人から質問を投げかけられ、慌ててわびる。
「旅は道連れ、世は情け・・ですかな?僧院はもう目と鼻の先。そして、ここまで何事もなく順調に進んできましたが、先はどうなるか、何が待ち受けているのか分かりません。」
紫鳳は閉じていた目を開け、穏やかな微笑みをカルロスを向けた。
「仲間内で行動がちぐはぐになってもいけません。気がかりなことははっきりさせて、多少なりともお互いのことは理解しあっておいた方がいいと思いますが?」
「まー、そうかもしれんが・・・」
そういえば、こうして世界を救う為という仰々しい目的を掲げ、そのカギとなる文献を求め、共に旅立った。が、ゼロに近いくらいお互いの事は知らない。個人的な事は必要ないと言えばそうも言えるが、仮に窮地に陥った場合、やはりある程度理解しておいた方が、対処方法も思いつきやすい。相手の性格からできうる行動を推測し、それに合わせ自分も次の行動を決めることができるからである。

「貴殿は、確か麻依殿とは、血の聖約で主従関係を結んでいる・・であったと記憶しているが?」
「そうです。私は巫女様のご命令ならば、いかに困難なことであれ、この命を賭し、それを成し遂げねばなりません。」
「『成し遂げねばならない』・・か・・『成し遂げる』ではなく?」
紫鳳から返ってきたその言葉の語尾が気に掛かり、カルロスは無意識に小さくつぶやいていた。
「おや、気になりますか、そのような些細な事が?私としては、同じ意味で申し上げたのですが。」
「いや、失礼。私も気にするほどのことではないと思ったのだが、つい口に出た。」
「・・・やはり感じますか?」
「は?」
「私の闇の気を?」
「紫鳳殿?」
「並の剣士ではないと思いましたが、どうやらそういった輩とは、結構お付き合いがありそうですね?」
「そういったとは、『闇』に属する輩ということか・・・・」
カルロスと紫鳳は、それぞれ相手を見定めようとするかのごとく、しばしじっと視線を交わしていた。
「そうだな、この世界へ来るまでは、魔が徘徊する塔などを冒険の拠点としていたからな。結構そういった気には、敏感になっているかもしれん。」
しばらくたって、カルロスが自嘲めいた笑みを浮かべてつぶやいた。
「なるほど。それから・・ついでにお聞きしますが、あなたは、惚れた女の生まれ変わりを追って異世界から来たと聞きましたが?」
「ああ、そうだ。諦めの悪い男だと思うだろうが、事実だ。」
「リュフォンヌ殿がそうだとか?」
「そうだ。」
「ふむ。その点では、巫女様と亡くなられたご主人と、共通点がありますかな?では、ようやく会えた彼女を大切にしてあげてください。」
「はは、それは勿論だが・・で、神官殿は?彼女とは?」
「私ですか?私は・・主に忠実に。ただそれだけです。」
「それだけか?他には?」
「何もございません。主に忠実に。」
「主に・・か・・・・・」
紫鳳のその言葉に、どこかすっきりしない感を受けながらも、カルロスは、その話題をそこで止めた。


(『主』・・か・・・)
涼しげな顔でカルロスにはそう言ったものの、紫鳳もまた、自らが口にしたその言葉に囚われていた。
(主か・・・・我が・・真の主からは、まだ何も命が下りていない。私が帰参していることはおわかりであろうものを。・・・何を考えておられるのか。それとも翠玉の巫女暗殺に失敗した折、早くも私は僕から除外されてしまっているのか。血の聖約を結んだからか。しかし、我が主は、重々承知しておられるはず。この私が主に対して謀反など起こさないことは・・・。・・このまま光に世界を取り戻させるおつもりか?それとも、私の心を試しておられるのだろうか?・・・揺れている私の本意を?・・・あるいは・・もはや主からは、見放されているのだろうか?・・私は・・・)
いつになく紫鳳は、深く考え込んでいた。


??パチパチパチ??
夜明け少し前、先番である紫鳳とカルロスと見張りを交代した伊織は、同じく見張りを交代した麻依の横顔をしばらくじっと見つめていた。
燃えさかるたき火の炎を何か考え込んでいるように見つめる麻依の横顔がなぜか伊織には心に焼き付く感じを覚えた。


「だけどさ、ほんとにあんたって、分からない人だね?」
そのまま沈黙していることが苦痛になった伊織は、軽く息を吐いてから、冗談っぽく麻依に話しかけた。
「え?そう?」
麻依は伊織の方へ向くと、気さくに返事をする。
「そうだろ?どっから見ても神の代理人といったあたいらなんか足下にも近寄れそうもない神聖な巫女さんかと思うとさ、あっけらかんとして気さくに接してくれるしさ、こんな道もない奥地でもへっちゃらで?」
「大口あけて笑うし?」
「あはは♪あたいの言葉を先に言わないでおくれよ。そうさ、そのとおり。」
「でも、巫女の私も今の私も同じ人間よ。要は、臨機応変にやってるだけよ。」
「あはは、臨機応変か。それは重要なことだよね。」
「そう。でも、よかったわ、一緒に来てくれたのが伊織さんで。」
「やっぱり男ばっかりだとあれかい?」
「そうね。やっぱり女同士っていいもの。」
「あは♪あたいなんてさ、男勝りで女と言えるかどうかわからないけどね?」
「そんなことないわよ。伊織さんはとっても女らしいわ。」
「またまた??、口もうまいね麻依は。筋肉女のどこが女らしいって?」
「見た目というよりここよ、ここ♪」
自分の胸にそっと手をあてて麻依は伊織ににっこり微笑む。
「あはは・・・それってさ、イーガとヨーガとのことかい?」
「そうじゃないの?あなた・・2人とも好きなんでしょ?どちらか選べないくらい。」
「・・・ずるいだけなのかもしれないよ。」
「ううん、私はそうは思わない。」
やさしく語りかけているような麻依の視線を流し、伊織は口調を変えて言った。
「カルロスを通して、リュフォンヌから2人が無事でいるって聞いたときは驚いた。迷宮の外にいる人間は、みんな瘴気にやられちゃったと思ってたからね。」
「伊織・・」
「僧院の奥の奥、地下深くか・・・・リュフォンヌのおかげで、2人の気は感じるんだけどさ、声が聞こえるわけじゃないし・・なんか幻を追ってるみたいな気もして・・・落ち着かないというのも確かだね。不安になるっていうか。」
「幻・・・・」
麻依は伊織の言葉を反芻した。
「そうね・・私の追いかけてるのも幻なのかもしれない。」
「光の宗主のことかい?」
「・・・・光の宗主・・・光・・・幻・・・そうかもしれないわね・・(そして、いっちゃんも)」

沈んだ表情になり空を見つめたまま黙ってしまった麻依の背中をしばらく見ていた伊織は、その空気を吹き飛ばそうと、わざとばん!と勢いよく叩いた。
「その幻を現実にする為に行くんだろ?幻を幻で終わらせないためにさ?」
驚いた目で数秒間伊織を見ていた麻依は、こくんと首を振った。
「そうね・・そうよね。ごめんなさい。ちょっと弱気になってたわ。」
「何もかも自分が、って頑張りすぎなんだよ、麻依は。」
「そう・・かしら?」
「そうそう。適度に息抜かないと、詰まっちゃうって。あんたに必要なのはね、もう少し肩の力を抜くことさ。あの野球拳のときみたいに。」
「野球拳・・・」
「そ♪」
「野球拳・・・そうね・・でも、あれはちょっとやりすぎちゃった気がするんだけど・・・」
「あはは♪確かにそうだけどね???」
2人は同時に笑い始めた。

「う・うう????ん・・」
「あっ!いけない!あんまり大声で笑うと紫鳳たちが起きてしまうわ。」
「そうだね、なかなか眠りそうもなかった2人を、せっかく術で眠らせたのにね?」
「そうそう♪」
ふふふっ♪っと2人は愉快そうに、今回は、小声で笑い合った。

黄金郷アドベンチャー・本章2/その3・尽きる?光のエナジー

「さ??て、気持ちを入れ替えて出発しましょうか?」
夜も完全に明け、目覚めたカルロスと紫鳳と共に、2人で準備した朝食を取る。
といっても日持ちのする保存食だが、それでも、少しでも食事らしくしようと、飲み物だけは、お湯を沸かして、お腹(と心?)に暖かいものを入れた。といっても、インスタントコーヒーか紅茶である。シンプル イズ ザ ベスト!いつなにがあってもいいように、手際よくすませる。それが一番なのである。お湯を沸かす事でさえ、現状では贅沢なことなのである。(ほんとか?/^^;

麻依は、支度の調った3人に微笑みかけると、先に立って歩き始めた。


「今日はまたご機嫌がよろしいようで。あ、いえ、というより、巫女様のその手の明るい笑顔を拝見するのは、久しぶりだと感じるのですが。」

途中の休憩のとき、紫鳳が言ったその言葉は、カルロスも伊織も感じたことだった。といっても、2人にとっては、久しぶりに見るのではなく、初めてなのだが。

「そう?久しぶり?」
「そうです。微笑んでいらしても、どこか緊張感があるものでしたが、今日のは、このような危険地帯にいるというのに、ホントに心底から明るいといいましょうか?」
「ああ・・・そうね、そうかもしれない。」
にっこりと微笑んで麻依は続けた。
「昨日一日歩いてて思い出したの。」
「思い出した?何をですか?」
「いろんなところを冒険してた頃のこと。」
「とおっしゃいますと、やはり過去生?」
「そう。前世でも一時トレジャーハントしてたけど、それじゃなく、もっと前の・・・・そう、”まいむ”としての記憶の最初の頃の思い。冒険家として独立し、見る物聞く物、新しい地へ行った時、楽しくて、興味いっぱいで、わくわくしてたこと。その時のその気分がよみがえったの。」
「わくわく・・ですか。まー、普通のところでしたら、そうでしょうが。」
「そうよ。ここだってそうよ。未知の土地だもの。何が起こるか、何が待ち受けてるか・・・そう、そういう冒険家としての探索心を思い出したの。そうしたらね・・」
「そうしたら?」
「世界を救おうなんて肩に力を入れてたことがばからしくなってきたっていうか?」
「バカらしく・・・しかし、巫女様?」
「確かに、最終目的は世界から闇を払うことなんだけど、でも、今はこの探検を楽しもうと思うの。」
「楽しむ・・ですか?この、瘴気に包まれ、魔と化した森を進むことが?」
納得できないとでも言うように、少し呆れた表情で問う紫鳳、そして、同じく、訳が分からないといった表情で、じっと麻依を見つめているカルロスと伊織。
「確かに普通の感覚で行くと楽しいと言えるところじゃないけど、でも、初めての土地なのよ。新しい発見があるかもしれないわ。」
「新しい発見?」
「そう、たとえば・・・ほら、昨日、僧院まで光玉を飛ばして浄化したはずの道が、どん欲なまでに濃い瘴気が、早くも侵し始めてるっていうか・・・魔に置かされた木々の根が、浄化したはずの地面から突き出てきてる。」
麻依のその言葉に、3人ははっとして周囲を見た。
自分たちが通ってきた茂み、そして、進もうとしている方向、見た目には判断できないそこが、今ははっきり他と区別できた。
そう、浄化されたエリアと思われるその地面から、どす黒い根があちこちに張りだしていた。
「巫女様!それは新しい発見だと喜んでいる場合じゃないでしょぉ?」
「でも、発見は発見よ!私の光玉の浄化がたった1日ほどで効果なくなるなんて思わなかったのよ。すごいでしょ?」
「巫女様?!」
あきれ果て、紫鳳は麻依を睨む、と同時に、ふっと笑った。
その紫鳳を見て、カルロスと伊織は、周囲を警戒しつつ、なぜだ?と訝しがる。
「しかし・・そう言われればそうですね・・・」
「そうでしょ?」
麻依も紫鳳も、いつその木々が自分たちに襲いかかってきてもいいように、身構え、周囲に気を張り巡らしながら話し続ける。
「巫女様は天然でしたからな。」
「あら、合意したのはそっちの方なの?」
軽く紫鳳を睨んで笑う麻依。
「でも、前世より天然っぽさは薄れたと思うんだけど。」
「私は前世は存知あげませんが・・・・ははは・・・そうですね、脳天気でいてこそ巫女様。道がふさがれていようと、その脳天気さで、そこにはない道をそこに見つけられる。」
「それって、誉めてるの?けなしてるの?」
「そうですね・・・・”感心してる”では?」
「・・・・・なんかうまくごまかされたみたいだけど・・まー、いいわ。そろそろ来るわよ?!浄化の光玉を作ってる時間はないから、まずこの根っこの本体たちを倒すわよ!」
「オッケー♪片っ端から空の彼方に吹き飛ばしてやるから、あたいにまかしときな!」
「後からと言わず、今精神集中してくれてもいいんだぞ?敵ならオレと伊織に任せといてくれ!こういった輩との戦闘なら慣れたもんだ。」
麻依が天然かそうでないか、は、この際置いておいて、伊織とカルロスは、ようやく得た自分の活躍の場に、意気込む。
「ま♪頼もしいわ♪じゃ、時間が欲しいからそうさせてもらおうかしら?」
「そうして下さいますか?時間を短縮出来るならその方が良いと私も思います。巫女様に彼らの手が回らないよう、周囲に私が結界を貼りますので。」
「じゃ、お願いね♪」

襲いかかってくる鋭い木の根の集団と戦うカルロスと伊織、そして、守護結界を麻依の周囲に貼りつつ、2人に劣らぬ戦いぶりを見せる紫鳳。その3人の中心で麻依は、精神統一に入る。
前日の光玉よりも、より純度の高い光玉を、聖光玉と呼ばれる純玉を練り上げる為、自身を無防備状態とし、ひたすら精神を統一する。身の内にある光を呼び、1つの玉として集合させ、そして、増幅させていく、大きく、濃密に。


ひっきりなしに、そして尽きることなく襲いかかってくる木の根。本体の現れる気配はない。
本体を倒さなければ、トカゲの尻尾と同じで根はいくらでも斬られた口から再生し増殖してくる。
「キリがないな。体力的にはまだまだ戦っていられるが。」
「ここは、やっぱり巫女さんの光玉しかないのかね?」
戦闘しつつ、そんな会話をカルロスと伊織がしたその時、2人の頭に、紫鳳のテレパシーが響いた。
『本体が来ますよ!』
はっとして紫鳳の方を見る。と、彼がじっと睨んだ闇の一点がわざわざとうごめき始める。

『巫女よ・・・巫女・・・・光の巫女・・・あの光玉を我らに・・・巫女よ・・・光を・・・』

「巫女様っ!」
光玉をほぼ形成し終わっていた麻依は、紫鳳に呼びかけられて我にかえり、彼を、そして、その闇の中で蠢く物に視線を移した。

「待って!」
先手必勝、攻撃をしかけようとしていたカルロスと伊織を止め、麻依は2人の前に出る。

『おお、その光・・・聖なる光だ・・・巫女よ・・我らにその光を与えてはくれぬか。・・・・・我らをこの苦しみから解放してくれ。』

「・・・この森の精?・・・いえ・・・木々の精霊王?」
麻依の言葉に導かれるように、蠢くそれは、闇の中から徐々にその姿を表した。



『その通りだ。光の巫女よ。我はこの森の王。木々の王。』
「その木々の王が私の光玉を欲しておられるのですか?」
『闇世界から引き込まれた邪気により、我らは邪悪なるものとなろうとしている。苦しいのだ・・・我らは、流れ込んできた瘴気で一瞬にして魔の眷属と化した他の地の木々のようには、なれなんだ。我らの身体、そして、精神は、徐々に闇によってむしばまれている状態だ。徐々に・・・そう、ちょうど同じ体内で光と闇がその領域をめぐり諍いと闘争を続けているかのように。苦しい・・たまらぬのだ。古き木も新しき木も、頑丈な木も、弱き苗木も・・すべて・・苦しみのたうち回っておる。故に・・頼む、その光玉を我らに・・・この周囲一体の山々に、我らに・・くださらぬか?』
「木の王よ、私の光であなたたちの痛みがやわらぐのなら、そして、なくなるのなら、私はいくらでも光玉を作ります。でも、魔への傾斜が深いものにとっては、激痛・・いえ、ひょっとしたら、私の光は徒になってしまうかもしれません。」
『もとよりそれは承知。我ら皆、魔と化すより消滅を欲しておる。』
「・・そうですか・・・では・・」
「お待ち下さい、巫女様!」
麻依が光玉を森に照射しようと、大きく手を広げたとき、紫鳳が慌てて止めた。
「もう少しお考えになられてから決めてくださるとありがたいのですが。」
「でも、紫鳳、現に今、苦しんでるのよ?少しでも早いほうがいいじゃないの?」
「しかし、巫女様!このエリア一帯ということなのですよ。」
「そうよ!それが?」
「大丈夫なのでございますか?」
「あ・・・・・」
紫鳳に言われ、麻依は、改めてその広さに気付く。
「それに例え一度は、辺り一帯の木々から邪を浄化したとして、それでどうなります?この世界には瘴気が籠もっている、いえ、この世界の空気は瘴気と化しております。一旦は浄化に成功しても、再び侵されます。結果同じ事の繰り返しとなり、光のエナジーの供給は、絶えることなく続けなければなりません。」
「・・・・・そうね・・・でも・・・・」
頭では理解できた。今一部の木々に光を照射しても、それはまたすぐ闇に侵されてしまう。とすれば、予定通り僧院までの道を浄化し、光の塔の所在地を突き止めるべきだとも思う。が・・目の前で必死の思いで自分自身を侵しつつある魔の狂気を抑え、懇願している木の王を思うと、断るのは躊躇われた。
『その懸念はもっともだ。だが、我とて、だてに数千年長らえてはおらぬ。この地域には巫女が目的としている僧院を中心にして、巫女の光とは異なっておるが、ある種のエナジーの加護がある。だから我らは瞬時にして魔にはならなんだ。』
「ある種のエナジー?僧院を中心として?」
『強い気を感じる。あれは、そう、あれは、おそらく邪を払う炎龍の気。』
「イーガとヨーガだ!」
伊織が叫んだ。
「2人は、しばらく炎龍の元にいたことがあるんだ。だから、その気を吸収してるのかもしれない!」
『瘴気が世界を包み込んだとき、その気は我らに語ってきた。世界を守ろう!と。だが、我らの活力源である光は断たれ、その気に合わせ、瘴気を跳ね返すことができなかった。だが、巫女よ、もし今巫女の光を我らにくれるのならば、僧院からの気と我ら木々の気でこの地に強力な結界を貼ろうぞ。』
「確約できるのですか?」
「紫鳳!」
冷たくも感じられる口調で、王に聞いた紫鳳を、麻依は思わずにらみつけた。
「お叱りは受けます。ですが、私にとって巫女様は大切なお方。何よりも巫女様の安全が優先となります。」
『もっともな言い分だ。だが、決めるのは、巫女だ。』
平静を保ち、静かに言う木の王だったが、その瞳は、苦しみにあえいでいた。ひたすら麻依に懇願している瞳だった。
「やってみるわ!」
「巫女様!」
「結界が張られるのなら、僧院までの道の浄化も必要なくなるわ。何より目の前で苦しんでいる人を(人じゃないけど)見過ごすことなんてできないわ。」
「しかし!」
「大丈夫!・・・たぶんだけど・・・」
ふう、と大きくため息をつき、紫鳳は、それでも、避難の色を帯びた視線で麻依を見つめ続ける。
「”たぶん”、では済まされない問題なのですよ?」
「じゃ、”絶対”大丈夫よ!」
「巫女様?お気楽な天然思考で簡単に口先だけでおっしゃられても信憑性が伴いませんよ?」
「大丈夫!私が大丈夫だと思えば、大丈夫なのよ!」
「巫女様っ!?」

麻依は、木の王に目配せし、力強く頷いてから、光玉をその場で解放し、そのエナジーを周囲に照射した。


木の王の言う”このエリア”がどれほどの範囲なのか、それでも、相当な広範囲を覚悟して麻依は、光のエナジーを放った。

が・・・・・

(やっぱり光玉の分だけじゃエナジーが足りそうもないわね・・・)
手にしていた光玉はすでに森の木々に吸収され失くなっていた。
それでも、彼らは、光を欲し、麻依へと必死になって手を伸ばしてくるかのように要求した。
それは、乾きの果て、ようやく見つけた水辺に群がる動物のように、蜜に群がる蟻のように、どん欲にむさぼるがごとく求めてきた。瘴気による激痛から逃れるべく、流れ込んできた光を欲する。
『もっとだ!・・まだ足りぬ!・・・まだまだだ!これでは瘴気の方が強い!もっと光を!エナジーを!!!助けてくれ!!!』

「巫女様?!」
彼らのそのどん欲なまでの渇望に、思わず身震いした麻依を見て、紫鳳はぞくりとする。
(このままエナジーを吸い尽くされたら・・・巫女様は・・・)
慌てて麻依の背後に正座して精神統一し、紫鳳は自分の霊力を麻依に送る。
(あ、ありがとう、紫鳳。)
(何をおっしゃいます、巫女様。水くさいですぞ。最初からおっしゃってくだされば。)
(でも、紫鳳、反対みたいだったから。)
(まったく、余計なところで、意地を張られるのは巫女様の悪いところですぞ?そんなことで取り返しの着かないことになったらどうされるのです?)
(ご、ごめんなさい。)
テレパシーで紫鳳と会話すると、麻依は、紫鳳のおかげで楽に感じられる分、一層精神を集中し、自分の中の光を集め、増幅させていく。

(巫女・・様・・・・・)
(紫鳳?)
木々たちが欲したエナジーは、やはり尋常ではなかった。
霊力と気力を使い果たした紫鳳が倒れ、それでも、まだ彼らは麻依を放そうとしなかった。
一度つながったエナジーの補給路は、それを断つことさえ許さないとでもいうように、狂ったように、エナジーを欲して放さそうとしなかった。


「麻依!」
傍で見ているカルロスと伊織も気が気ではない。このままもし麻依が倒れてしまったら、世界を闇から救う手だては水泡に帰してしまう。
とはいえ、どうしようもないことも確かだった。
ただ、祈るように、直立不動のまま気を統一している麻依を見つめ続けていた。

(もう・・・だめ・・・・もう私の中のどこにも、光のエナジーのかけらさえも残ってないわ・・・・・・まだ、必要なの?・・・・・まだ?・・・・・・・)
麻依の意識が薄れかかっていた。まるで闇の手に包まれていくような気がした。闇に引き込まれていくような気が・・・・・

(いや・・闇になんて飲み込まれたくない・・・・・・真っ暗なんて・・・・・いや・・・私が好きなのは・・・青い空・・・そう・・・真っ青な空、輝く太陽・・・・・・・そう・・・・太陽・・・暖かい光・・・あの人の笑顔・・・)
生気も何もかも光に変換し放出しきってしまったと感じ、やはり紫鳳の言うとおりにすれば良かったのかと後悔しつつ、それでも、その事に思考が辿り着いた時、麻依は、はっとした。

(あるじゃない。まだ私にはあるわ。限りないエナジーが。心の中の青空・・暖かい光・・・・決して消え失せることはないわ。そう、溢れる想いに限りなんてない。いっちゃん・・・私に力を貸してちょうだい。あなたの笑顔。・・・そう、楽しかったあの日々を思い出して・・ほら・・・いくらでもあふれ出てくるわ。このエナジーを光に変換すればいいのよ。ううん、これが私の光のエナジーの源。いっちゃんへの想い。大丈夫、この愛に限りなどないわ。いくらでもあげられるわ。私の想い。光のエナジー。)

傍目にも、今にも倒れそうだった麻依が、何かのきっかけで立ち直ったことがはっきりと分かった。

目を閉じ精神統一した状態は変わらなかったが、両手を胸の上で組み軽く微笑みを浮かべた麻依は、それまでとはっきり違う余裕があるように感じられた。
光が彼女の全身から輝き始めていた。暖かくそして優しく包む光が、大きく、徐々に大きく膨らんでいく。


『巫女よ・・我らはもう大丈夫ぞ。巫女よ・・・・』
「み、巫女・・様・・・」
気付いた紫鳳が、慌てて麻依の正面に寄り、固く組んだ彼女の手を掴んで離させる。

「紫鳳・・・?・・・木の王?・・・・」
心、そこにあらず、あまりにも集中していた為、思考が止まっていた麻依は、ぼんやりとした頭で、目の前の紫鳳と木の王にそう話しかけるのが精一杯だった。


※Special thanks 紫檀さん<イラスト

黄金郷アドベンチャー・本章2/その4・猛き炎龍の気

「ありがとう。もう大丈夫よ。出発しましょ♪」
しばらく身体を横たえ休息を取ると、麻依はしっかりとした口調で言った。
「しかし、巫女様、尽きる程光のエナジーを放出されたのです。今しばらく休まれた方がいいのでは?」
「大丈夫よ、紫鳳。この辺り一帯はもう闇には汚染されてないんだし。」
事実、そこは明るい太陽の日差しこそなかったが、黒褐色に染まった樹木はもう見られず、どれもみずみずしい緑の葉を湛えた木々に戻っていた。そして、闇の瘴気がにじみ出、黒ずんでいた道も、元のきれいな土色を取り戻していた。

「あは♪麻依がいったん言い出したらもうダメだよ。誰がなんと言おうが一度口にしたことは引っ込めないもんね?」
伊織の言葉に苦笑するカルロスと、ため息をつく紫鳳。
今少し休ませたかったのが紫鳳の本音だが、伊織の言うとおりである。
しぶしぶ出発を承知し、一向は再び僧院を目指して歩き出した。

だが、それまでと違う。僧院までの道、幾多の魔からの襲撃があるだろうと予想していた時と異なり、まるで森の中の散策でもしているかのように、行程は順調に進んだ。
おそらく木の精霊王の指示なのだろう。からみつくように茂っていた樹木も、彼らが近づくとカーテンが開くように道を空けてくれた。
「これで陽の光さえ射してれば、木漏れ日のアーチなんだけど。」
「そうだね、でも、今は緑のアーチだけでも、なんかすがすがしいような気がするよ。」
「ホントにそうだ。樹木の緑がこんなに安らかに感じるとは思わなかった。」
「今までが今まででしたからね。」
4人はあれこれ話ながら道中を急いだ。


そして、僧院前。人々からは忘れ去られ、自然の侵食に任せたままになっているそれは、確かにあちこち崩れてはいるが、それでも、よほど頑強に作られたのだろう。塀は変わらずその役目を果たし続け、ぐるっとその高い塀に守られたその僧院の扉もまた侵入者を固く拒み、しっかりと閉じられていた。
「中からカギ・・おそらく閂だと思うが、それを抜かないことには、空きそうもないな。」
ガタガタと扉をなんとか開けようと試みていたカルロスが、そう言って3人の方を振り向く。
「そう。じゃ、私が開けるわ♪」
「は?」
「麻依?」
「巫女様?」
引き留めようとした紫鳳より行動に移した麻依の方が早かった。
近くにあった大木にするするっと登ると、ロープを使い、あっという間に塀の上へ飛び移る。
そして、唖然として見つめている3人にウィンクすると、向こう側に姿を消した。

ゴトゴトガタガタと閂を抜く音がし、大扉は軋みながら開いた。
「・・・巫女様・・・」
「え?なーに、紫鳳?あら?そんな恐い顔しないで?これくらいなら何ともないことくらい、紫鳳なら知ってるでしょ?」
「しかし、巫女様・・巫女様は今体力的にも精神的にも疲労されて・・」
「やーね、紫鳳ったら・・・そんなの歩いている内に回復しちゃったわよ。」
ふ????・・・・・・・半ばあきれかえった表情で紫鳳は特大のため息をつき、そんな紫鳳と麻依を見て、カルロスと伊織も苦笑するしかなかった。


「確かに陽の光とは違うけど、清浄な気を感じるわ。そう強くはないけど、僧院の中はちょうどその気でふんわり包まれて保護されてるって感じね?」
「そうですな。」
尖塔をいただく建物に向かって歩きながら、麻依はその気が少しずつ強くなってきていることを感じた。

そして、その中央扉に手を掛ける。
「ちょっと待っとくれ!」
背後の伊織の声が麻依の手を止めた。
「伊織?」
振り返った麻依の目に写ったのは、不安そうな伊織の顔。
「何か?」
「いや・・気のせいかもしれないけどさ・・・・あたいもしばらく炎龍の傍にいた。だから・・」
「だから?」
周囲の気を読み取るかのように口を閉ざした伊織に、麻依は聞く。
「なんだか、扉を開けると同時に襲いかかってくるような・・・?」
「え?でも・・この気はイーガさんとヨーガさんのものなのでは?」
「ああ、そうだよ。」
こくんと頷いてから、伊織は続けた。
「確かにイーガとヨーガが自分でも気づかず、炎龍から受けて吸収した気だけどさ、なんだかやばい気がする。」
「やばい・・というと?」
「うーーん・・・なんとなく感じるだけだから・・・・うまく説明できないんだ。」
「それはおそらくあれでしょう。」
麻依と伊織の話をじっと聞いていた紫鳳が静かに口を挟んだ。
「あれ・・って?」
「おそらく闇の瘴気をはね除けるため、彼らは持ちうる限りの闘気を乗せて放ったのだと思います。」
3人を一様に見回してから紫鳳は続ける。
「闇の気は強い。通常ならいくら炎龍から吸収した気だとしても、普通の人間でどうにかなるものではない。おそらく極限まで己を鼓舞し、放ったと思われます。」
「紫鳳、ひょっとしてあなたが言いたいのは、2人が放った炎龍の気は、2人の手を離れ制御不可能となってるってこと?」
「そうです。しかも、おそらくはこの建物の中で、闇を滅しようとする意識との高まりで膨張しているかもしれません。」
「膨張・・・・・もしかして、炎龍とまでいかないが、それなりの形を形成してるとでも?」
カルロスの言葉に、紫鳳は頷き、答えた。
「その可能性が高いです。入口の呪印は、世に害をなそうとするものを封じる力があります。おそらく、聖気のみ、ここからにじみ出、周囲一体に広がったのでしょう。しかし、中に封じられているモノは・・・それ故一層膨張し、そして、今、相手が闇かどうかの見境などはつかなくなっていると思われます。」
「それって、侵入者はすべからく敵とみなしてるってことかい?」
「でしょう・・ね。」


「でも・・・・入らないわけにはいかないわ。」
しばらく無言で扉を見つめていた4人だが、麻依のその言葉に反対する理由はなかった。
開けた瞬間に戦闘に入っても良いように気構え、扉を開ける。
もちろん、大丈夫だからという麻依を説得して退けさせ、その役目はカルロスが受けた。

その扉は、特別な封印がしてあった。ドアの表面に縦横4マスの木組みのパズルが備え付けてあるといえばいいだろうか。封呪の印形となっているそれを、スライドさせ解呪するのである。だが、ただスライドしてその印形を崩せばいいというものではない。解呪の印にしなくてはならなかった。
カルロスはリュフォンヌから聞いてきたとおりに、一つ一つスライドさせていく。

「これを動かせば、扉は開く。」
カルロスは、3人を今一度振り返ってから、それを動かした。
??バン!??
と、まだ扉には手をかけていないにも関わらず、封呪が解けたと同時に、荒々しい気を伴った熱風が中から飛び出、4人をそのまま巻き込む。
が・・・それは予想してのことである。4人は麻依の光玉に守られ、熱気を受けることはない。

熱風は4人をその中に巻き込んだまま、高く高く舞い上がる。まるでようやく外に出られ、自由を得て喜んでいるかのように。
そして、それは徐々に炎龍を象っていき、その透明に紅く燃えるそれは、確かに麻依たち4人を敵視していた。

身構える4人は依然として炎龍となったその炎の中に包まれていた。
「伊織!」
「任せときな!」
その中で、打ち合わせどおり、伊織は自分の意識を集中して、この敷地内のどこかにいるだろうイーガとヨーガに呼びかける。
(イーガ!ヨーガ!あたいの声が聞こえるかい?・・・もう大丈夫だ!光の巫女が来てるんだ!だから、炎龍を・・炎龍の気を静めておくれよ!イーガ!ヨーガ!あたいが分かるだろ?)
伊織の必死な呼びかけは、その状態のまましばらく続いた。

(いお・・り?)
(イーガ?・・それともヨーガかい?)
しばらくして伊織の呼びかけに答える弱々しい声があった。
(い・・おり・・・そいつは・・・ダメだ・・・・・おれ達の制御からは、完全に離れてしまった。・・・頼む、逃げて・・くれ・・・僧院とこの地に襲いかかってくるものを全て滅するように・・・・念じてしまってる・・・)
(じゃー、完全にあんたたちの手から離れてるんだね?こいつを倒してもあんたたちには影響はないんだね?)
(倒す・・・できる・・のか?炎龍の聖気・・だぞ?)
(こっちには光の宗主(の卵だけど)がいるのさ)
(なんだって?光の・・そ・・うしゅ?)
(術者まで影響があるようじゃ倒せないんだよ。その点はいいのかい?)
(あ・・ああ・・・・いいぞ。おそらくは・・・・・・・オレには影響・・ない・・・)
(オレには?)
(あ、、ああ。。そうだな、オレたちには・・・)
その言い方が心にひっかかった伊織だったが、いくら麻依が守っているからとはいえ、その麻依の精神消耗も考え、行動は早く起こした方がいいに決まっていると判断し、すぐさま合図を送る。
「麻依!」
伊織の送ったゴー!のサインを見、麻依は気を高める。

温度を上げ高熱の上の高熱をめざし、彼らを焼き殺そうとしていたその炎龍の気の内部からそれ以上の高温を発し、暴発させてしまおうというものだった。
高くあげた麻依の手の先に光玉が形成され、その光のエナジーが徐々にふくれあがっていく。
そして、それは目を開けていられないほどのまばゆい爆発光となり、炎龍の気と共に消滅した。

「なんだか特大の花火の芯の中に入って、無声映画を見ていたような感じだな。」
「そうですな。」
出番のなかったカルロスと紫鳳は、そんな会話を交わして苦笑した。


そして、一行はその建物へ足を踏み入れる。何層あるかわからない地下深く続いているその建物に。

目指すはリュフォンヌから聞いた最下層の神官の書庫。そして、どこかにいるであろうイーガとヨーガの探索。
炎龍の気が消滅し、伊織がいくら精神集中して呼びかけても返事はなく、どこにいるかも分からないが、ともかく地下僧院のどこかにいることは確信している。


「伊織、行きましょう。」
「あ、ああ。」
それでも諦めきれず、目を閉じ精神集中して彼ら2人に呼びかけている伊織に、麻依はそっと声をかけた。

黄金郷アドベンチャー・本章2/その5・即身仏と奇跡の地底湖

 足音だけが狭い通路に響いていた。いつしか誰しも無言で、地下への階段を下りていた。
それは建物の尖塔部分の中央にある地下から最上階までずっと続いている螺旋階段。
下へ下りるに連れ薄暗くはなってくるが、尖塔から陽の光が差し込んでいるため、その光がなんとか届く範囲までは灯りも必要ない。が、光が届かない先は、暗闇が待ち受けている。
加えて、その太陽でさえ闇の気で遮られているのが現状である。通常ならもっと下の方まで陽が淡く差し込んでいるだろうと思われる場所でも、早くも暗闇に包まれていた。
持参してきたランプを片手に下へ下へと下りていく。幸いにも、やはりといおうか、そこに敵対する魔物類はいなかった。いるといないでは大いに違ってくる。闇の中、彼らは順調に下へ下へと下りていった。

そして、階段がとぎれたところから、自然の地形を利用して作ったらしい横穴へと入る。
そこからが問題だった。力を、書を求めて訪れる者の力量が試されるエリアなのである。
山のようなトラップを越え、山のような謎を解き明かし(文章は都合がいいなー(爆)、パズルを組み合わせ、体力と知識、時として術と運、をも駆使し?、彼らはともかく先に進んだ。ただ、伊織からテレパシーで、光の宗主が同行していると聞き、安心して気が抜けたのか、イーガあるいはヨーガのものだと思われた気を感じることができなくなったのが、唯一彼らの気がかりだった。一言もそのことを口にせず、不安な表情もみせず、もくもくと歩を進めている伊織に気遣い、誰しも心の中ではひょっとすると危ない状態なのではないかと思いつつ、それを口にすることはできなかった。


(・・・即身仏・・・・)
壁際の岩の上に座り、瞑想状態のミイラを見つけ、麻依はそっと手を合わせてからその前を通り過ぎ、カルロスたちも、立ち止まることこそしなかったが、黙祷をし、その前を通り過ぎていく。
と、最後尾にいた伊織がその即身仏の前を通り過ぎたその直後だった。
カシャン!と音がし、伊織は後ろを振り返る。
(これ・・・・・)
そして、通り過ぎてきたときには確かになかったはずの数珠を、道の上に見つけて拾い上げる。
(ま・・まさか・・・・)
数珠を手にし、即身仏を見つめた伊織の顔からは、一気に血の気が引いていた。
「伊織?」
麻依が何事かとそっと声をかける。
「麻依・・・」
「なーに?」
「麻依・・・・これ・・・・この即身仏・・」
「この即身仏が?」
震える手で即身仏を指さし、伊織はゆっくりと麻依を見つめた。
「イーガだ。」
「え?まさか?」
慌てて伊織の傍に駆け寄る麻依、カルロスそして紫鳳。
「間違いないよ・・イーガだ・・・・抜け落ちてる黒髪と、それから、この数珠は、あたいがあげたんだ。宝石探しのおまけで手に入れたっていってた宝石・・・・イーガがくれたその宝石であたいが作って・・」
「だが、この即身仏は完全にミイラ化してるぞ?もう数百年たってると言ってもいい。」
カルロスの言う事ももっともだった。闇の瘴気が襲ってきたのはまだ数週間前。その前はイーガは生きていた人物なのである。
「自分の持っている力以上に全ての力を使い果たしたというところでしょうか?体力も精神力も、そして生命力も・・・己自身全てを燃焼させ、あの炎龍を捻出した・・おそらくそんなところでしょうな。」
「そんなところって・・・」
表情一つ変えず、たんたんと自分の予測を口にした紫鳳に、カルロスは今更ながら呆れていた。
「イーガ・・・」
伊織は膝の上に組まれた骨と化した両手の上に、そっと自分の手をあてる。
「イーガ・・・頑張ったんだね・・さすがだよ。・・・だけど、、だけど・・・・もう一度、生きてるあんたに会いたかった。・・・会えると思って来たのに・・・・会って一緒に・・・・闇からの解放を目指して戦いたかった。」
大粒の涙がその手の上に次々に落ちていた。
「だけど、あんたは一人戦って先に旅立ってしまったんだね。・・あたいを置いて?」
「それでもう一人はどうしたんでしょうな?」
紫鳳の言葉に、泣いていた伊織ははっとする。
「そうだ!ヨーガは?・・・・・2人はいつも一緒なんだ。近くにヨーガも?」
涙をぐいっと拭き、慌てて薄暗い洞窟を調べ始めた伊織に倣い、全員必死になって残る一人の影を探し始めた。
だが、どこにもそれらしきものはなかった。即身仏も遺骨も・・・死骸も。
「だ、大丈夫さ!ヨーガのことだから、きっと生きてるよ!だってここに入る前はテレパシーで話もできたんだから。」
「伊織・・」
無理に笑顔を作り、先に立って奥への道を歩き始めた伊織の後に麻依たちは無言で続いた。


そして・・・・・
「え?・・・ヨーガ?!ヨーガじゃないかっ!」
そこからまたずいぶん下ったところ、そこは一面地底湖となっていた。
四方八方に飛び石として利用できる岩がその湖面から顔を出していた。
その岩は、ともすると隅の方など飛び移ったときの衝撃で崩れてしまうほどもろかった。
注意深く渡っていったそこに、湖水の中に横たわっているヨーガを伊織が発見したのである。
「ヨーガさんが?どこに?」
岩は一人立っているのが精一杯の大きさの為、伊織のところまで行く事はできない。
少し離れたところから叫んだ麻依に、伊織は湖水を指さして教える。
「ここに・・・ここにいるんだよ。水の中に・・まるで・・・まるで眠ってるみたいだけど・・・」


麻依は、なるべく伊織の近くの岩まで飛び移ってくると、そこに腰を落とし、軽く握りしめた両手の人差し指のみまっすぐに立て、左手を湖水に漬け、右手を顔に当て、目を閉じ、意識を集中した。
「麻依?」
伊織を始め、カルロスと紫鳳が見守る中、麻依はそこで何が起こったか時を越えその様子を心の眼で見ていた。


「ほ・・う・・・」
しばらくしてその姿勢を崩し、麻依は、大きく呼吸を整える。
「麻依?・・・・ひょっとしてわかったのかい?何があったか・・・何がイーガとヨーガの身に起こったのか・・・・麻依?」
「ええ。」
一呼吸置いてから静かに答えた麻依の瞳は、伊織に事実を受け止める覚悟を求めていた。
その問いに黙って頷いた伊織の落ち着いた瞳を見て麻依は、大丈夫だと判断する。

「彼ら2人は・・・・・」
今見てきたことを一つ一つ改めて思い出すかのように麻依は話し始めた。
「闇の気を感じ、その払拭をしようと、内にある炎龍の気を高め放射しようとした。だけど・・その気を高めれば高める程、荒ぶったそれとなるのを恐れ、一旦は途中で止めようと思ったの。でも、闇の気は予想してたよりずっとずっと強かった。最高まで高めても、ううん、全生命力を費やして高めても、襲いかかってこようとしている闇の気には、到底立ち向かえそうもないと感じ、2人はお互いの炎龍の気を合わせることを思いついた。暴れ龍を生み出してしまうかもしれないという不安もあったけど、それでも、闇の気と戦うには、それしかないと判断したのよ。そうして・・・・・」
「そうして?」
そこで一旦口を閉じて黙ってしまった麻依を、伊織は催促する。
「結果だけ言うわね。」
悲しそうな表情を伊織に投げかけ、麻依は重い口を開いた。
「まずヨーガが自分の内にある炎龍の気を高め、それをイーガに送った。イーガはそれを受け、自分の内にある気と練り合わせ、より大きく、より純度が高く、闇を消し去り得る炎に高め、放出した。それは共に僧侶であり魔導師ではあったが、僧魔法は、イーガの方がヨーガより多少高度な域まで達していたかららしいわ。」
こくりと伊織は頷く。
「リスクは2人とも覚悟していた。でも、放出と同時に、予想しなかったことが起こったの。」
「予想・・・しなかったこと?」
伊織は心臓の鼓動が早まってくるのを感じていた。
「炎は、イーガの内から外へ放出されると同時に、術者もろとも、そして、傍にいたヨーガをも飲み込み、勢いよく燃えさかったの。」
麻依は今一度この先を聞くかどうか、伊織に目配せして念を押す。
(ここまできて聞かないわけにゃいかないだろ?大丈夫、あたいは・・・取り乱すようなことはしない。)
その心の声を読み、麻依は目で励ましてから続けた。
「イーガは・・・ヨーガの炎の気を受け、そして、自分の内の気とそれとを最高まで練り上がる為に、全ての力を使い切ってしまっていた。2人を包み込んだ炎をどうすることもできないほど、弱まってしまっていた。だから、炎が2人を包み込み、死を覚悟したその瞬間、多少なりとも精神力が残っていたヨーガは、最後の力を振り絞り、底尽きたと思えたその力を振り絞って、イーガの心を、その魂を自分の身体の中に呼び込むと同時に、ここまで飛ばしたの。」
「ヨーガが・・イーガの心を呼び込んで?ということは?」
肉体は一つだが、2人とも、2人の魂は無事なのか?と、思わず伊織は、希望をも感じ、湖水の中のヨーガの身体に視線を移した。
「ここは・・・元は氷穴だったそうよ。入口から徐々に冷気が強くなって、ここまで来るともう湖水一面氷が張ってたらしいの。」
「氷穴・・・」
「でも、そのとき全身を包んでいた炎龍の炎で、全部溶けてしまったらしいわ。」
4人は思わず周囲を見渡していた。
熱気で完全に溶けてしまったそこは氷穴だった痕跡すらない。
「しかし、巫女様、ここまで飛んだ、ではなく、飛ばしたとおっしゃいましたな?という事は・・・?」
紫鳳の言葉に、伊織は改めてそのことに気付き麻依を緊張した面持ちで見つめる。
「ええ・・・紫鳳はもう分かってるわね。呼び込んだと言ったけど、飛ばす為には、同じ肉体にいてはそれができない。つまり・・・呼び込むと同時に、ヨーガはイーガの身体に入ったの。」
「あ・・・じ、じゃー・・・あの即身仏は・・・?」
「そう、炎に包まれながらも、その熱さにもがきもせず、座を組んだまま、精神を集中させ、全霊力を込め、イーガの魂が入った自分の肉体をここまで飛ばし、炎龍の聖気を周囲一体に放出した・・・。」
「ヨーガ・・・あれは・・・ヨーガだったんだ・・・・。イーガの身体に入った、ヨー・・・ガ・・・・」
がくりと伊織はその場に手をつき、そして、その視線は、湖水の中のヨーガに注がれる。
「あ・・・で、麻依?ヨーガ・・いや、イーガは?水の中にいて大丈夫なのか?助かる・・のか?」
「ここは、再生の湖らしいの。」
「再生の?」
遙か大昔、ここは聖地だった。身体に障害を持った人や病人など、いろいろな人がここへそれを治してもらおうと巡礼してきたそうよ。でも、あるとき、それがきっかけで、つまり、ここの所領争いがきっかけで国同士の戦が始まり・・・それが終わった時、ここに来てみると、一面分厚い氷が張りつめていて、それから、聖なる恩恵を受ける事ができなくなってしまったんだそうよ。」
「人間の醜い争いが、奇跡の湖を凍らせてしまった・・・」
「ええ。」
「あなたのテレパシーに応えてくれたのは、炎龍の気の中に残っていたヨーガの心だったみたい。死んでも、なんとかして荒ぶれた炎を抑えようと炎の中に残っていたのね。」
「そ、そう・・・・ヨーガの・・・・」
炎龍を昇華してから、返事が全くなく、気も感じられないことの理由がようやく分かった。悲しい事実と共に。
「焼けただれた肉体はこの湖の奇跡の力で再生され、そして、イーガの魂は・・・深く深く眠っているわ。その眠りのおかげでおぼれることもないんだけど。」
パシャン!と麻依は湖へ足を踏み入れた。
「麻依?」
「私一人の方がいいの。みんなは岩の上にいてね。イーガは・・自分が死んだと思いこんでいる。その深すぎる眠りを覚ますには、この湖水の奇跡の力が必要だわ。」
3人を見渡し、無言の了承を受けると、麻依は湖に潜った。


「眠りの深淵にて深く眠るイーガよ、安らぎの闇のベールに包まれし魂よ、目覚めの時、来たらん。再生の陽の光受け、その重き瞼を開け光を見つめよ。暖かき光、希望のベールの中、その身を起こせ。・・・・目覚めよ、深き眠りから解き放たれよ!光を求めよ!」
「うわっ!」
「わあっ!」
「・・・・・」
ヨーガの身体が横たわっている地点を中心に、湖水が逆巻き始めた。そして、次にそれは洞窟の天井に届かんばかりに巻上がった。


そうしてその状態が何分続いただろう。
驚き、息を飲んで見つめ続ける3人の前で、その高く巻上がった湖水が少しずつ収まり、気付くと一滴の水もなくなっていたそこで、目をこすりつつ、不思議そうに周囲を見渡しているイーガとその傍でにこやかに微笑んでいる麻依の近くに、3人は駆け寄っていった。

「イーガ!」
「い、伊織・・か?・・・・ホントに、伊織?」
一体何があったのか、何がどうして今ここにいるのか、まだぼんやりとした頭で、イーガはベールがかかってはっきりしない自分の記憶を必死になって辿りつつ、そこに見知った伊織がいる事に安堵感も覚えていた。



「そうか・・・ヨーガが・・・・・これは、ヨーガの肉体なのか・・・オレは、あの時、最悪の場合を想定して、ヨーガだけは助かってくれるようにと、自分の中に炎龍の気を呼び込み自分の内の気と練り合わせたつもりなんだが・・・・」
「イーガ・・・・」
全てを伊織の口から聞き、しばし呆然としていたが、そこは迷宮百戦錬磨の僧侶魔導師イーガ。過ぎ去った事を悔やむのではなく、それを真摯に受け止め、今成すべき事をしようと決意する。悲しさの残る、だが、確固たる決意を表す笑顔を、伊織に向け、伊織もそれに応える。

「ヨーガの記憶が残っているこの肉体を、ヨーガと思い、私は生きる。ヨーガの分も。」
「そうだね。」
「ああ、そうだ、双子とは言え、食事の好みなどはなぜか正反対だったんだが、ひょっとしたら、肉体がヨーガのせいで、好みはヨーガのものかもしれないな。」
「あ・・そうだね、そうかもしれないね?」
「一つになる呪文書を探しにきて、その術書を発見する前に一つになったってこと・・・かな?」
「イーガ?」
「大丈夫だ。ヨーガはいつも私と一緒にいる。心の中でじっと耳をすませば、ヨーガは応えてくれる。」
「うんうん。」

いつまでも話し続けているイーガと伊織。
お互いを励まし合っているその2人とは少し距離を取り、しばらく3人はすっかり干上がってしまったそこで、休息をとることした。

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。